複雑・ファジー小説
- Re: 失墜 ( No.30 )
- 日時: 2016/10/16 23:59
- 名前: 三森電池 ◆IvIoGk3xD6 (ID: cTS7JEeA)
7 ノスタルジックJ-pop
ロング・ホームルームの時間。私の席は、窓側の後ろから三番目。最近の体育の授業はずっとマラソンで、グラウンドをだるそうに周回している後輩たちの姿が見える。
黒板の前に立っている、柏野くんと八巻くんは、「一人一回は必ず手挙げろよ、全員強制参加な」と、大きな声で呼びかけている。教室が賑やかなのは、これから始まる球技大会のメンバー決めのせいだった。黒板に大きく書かれた球技大会の文字に、今年もこの季節が来たのかという気分になる。夏がもうすぐやってくる。
「今年は何出ようかなあ。柚寿はバレーだよね、やっぱり」
窓側の壁にもたれかかっている、後ろの席の瑛太は、柏野くんたちに書記を任されたらしい。競技名がずらりと並んでいる大きな紙を見ながら私に言う。
私は中学生の時バレー部だったから、去年は女子バレーに出場して、総合優勝を果たした。だから今年も紅音たちと一緒に出る約束をしていたし、できれば今年も優勝できたらいいなと思っていた。瑛太の方も、去年の男子テニスダブルスで良い結果を残しているので、負けてはいられない。
でも、テスト期間とかぶっているのが、私的に痛いところでもある。球技大会の次の週が定期テストって、なんて過酷なスケジュールなんだろうか。ただでさえ毎日きついのに、こんなの殺しに来ているとしか思えないな。今日も家に帰ったら復習とテスト勉強をして、それで一日が終わるから、悲しいくらい自由な時間が無い。
思わず出そうになるため息を飲み込んで、私は笑う。
「バレーは今年も出る予定だけど、なんかもう一つくらい出ようかな」
「いいじゃん、僕は三つ出る予定」
バレーとバスケとテニスって、もうほとんど全部だよね、と瑛太は笑う。体育の時間で毎回柏野くんと共に活躍している瑛太は、球技大会でも引っ張りだこで、きっと私と同じくらい忙しくなるだろう。薄い茶色の髪を耳にひっかけて、「面倒だなあ」と呟くその口元を見ながら私は、努力しているのは私だけじゃないんだから、と自分に言い聞かせていた。
生きている以上、最高を追求していくのは当たり前のことだ。球技大会だってテストだって、私は勝ちを奪ってでも取りに行かなくてはいけない。
「はいはーい、うちらはバレー出ます。ね、柚寿?」
気が付くと、もうメンバー決めは本格的に始まったようで、廊下側の前から二番目の席に座っている紅音が大きく手を挙げて、私の方を見ていた。
「おっけ、じゃあアカネと柚寿ちゃん女子バレーね。他に出たい人いる?」
柏野くんが教室に呼びかけて、その後ろで八巻くんが黒板に綺麗な字で、女子バレーの欄に紅音と私の名前を書く。
瑛太の友達の、渋谷くんという男子と付き合い始めたらしい紅音は、見違えるほど綺麗になった気がする。アイラインもまっすぐになったし、髪も痛んでいないし、行儀もかなりよくなった。恋をすれば女の子は綺麗になるというのは、本当みたいだ。ここで止まったままの私も、恋をすればもっと綺麗な女の子になれるのかな。そう思いながら、後ろの席の瑛太を見る。私より勉強も運動も出来て、顔も整っていて、お金をたくさん持っている、女の子の理想のような彼氏に釣り合おうとして、必死に頑張っている私は、少しでも綺麗になれているだろうか。なれていたらいいな。
「あ、はいっ! 私、女子バレー出たい!」
私たちに続いて手を挙げたのは、紅音の近くの席の瀬戸京乃だった。満面の笑顔で言う彼女に、柏野くんや八巻くんも異論はなかったようで、黒板に名前を書き足していく。
京乃は中学生の時バトミントン部だったらしいから、運動はできるほうだ。特にこの前も、男女混合バレーで積極的にボールを拾いに行っていたのを見ていた私としては、京乃をメンバー入りさせることは大賛成である。
あと三人、誰か出たい人ー。柏野くんの声が聞こえる。バレー出てみようかなあと、教室の各地で女子たちが話し始める。でも、和気あいあいとした雰囲気の中で、一人だけ不満そうな顔をしている紅音が、柏野くんと八巻くんの司会を中断させて、こう言った。
「バレーは本気で勝ちに行くつもりだから。あたしは、去年のメンバーで出たい」
水を打ったように教室は静かになる。
去年の優勝メンバーは、紅音、私、優奈、みちる、咲子、美月で、京乃は入っていない。優奈とみちるは私と紅音のグループの友人であり、咲子と美月は元バレー部だ。今年は、咲子と美月は他の種目に出たがっていたので、空いた場所に京乃をメンバーとして入れることに私は賛成なのだけれど、紅音はどうしても気に入らないらしい。
「……こっわ。球技大会って、そんなガチでやるものじゃないじゃん」
後ろで瑛太が呟く。「ね、柚寿?」って、へらへら笑いながら私に話を振らないでほしい。紅音と目を合わさないように、かつ関心が無いと思われないように、私は机の一角を見つめていた。黙っていた柏野くんが、諭すように紅音に言う。
「別にいいだろ、アカネ。俺は瀬戸さん出すの賛成派。上手いし」
「そうだよ。あくまでもイベントなんだから、楽しくやろうよ」
後ろで八巻くんも付け加えるように言う。ここまできて、やっと担任の中野が騒動に気付いたらしく、不思議そうに黒板の方を向く。これ以上事を荒立てないために、紅音は黙り込んだけれど、表情からは不平と不満があからさまに滲んでいた。窓際の私は、女子って怖いなって、他人事みたいに思うことしか出来なかった。