複雑・ファジー小説
- Re: (題名未定。気楽に、会話文多め) ( No.1 )
- 日時: 2016/07/23 19:29
- 名前: B鉛筆 (ID: RnkmdEze)
「婚約者が失踪したのですけれど」
貴婦人のようにサロンに集う若い男が三人。
入室早々の過激な発言に、サロン内の空気はぴしりと凍る。入り口から壁際までを颯爽と横切って、三人の中では一番若い伯爵子息——アダンが椅子に腰をおろした。
「ちょっと、何か返してください。黙らないでください。何ですかそんな『えっ……』みたいな……あからさまに関わりを避けるような反応」
「だって……いやだってさ……」
「失踪の理由は?」
不用意な発言は避けたいと曖昧な公爵子息ジルに対し、侯爵子息マルスランはざっくりと切り込んでゆく。
アダンは頬杖をついて、ため息を長くこぼした。
「男ですかねえ、恐らくは」
「うーわ。うーわ触れたくないなそれ」
「むしろこの話題って避けられた方が、何だか僕が本当に傷ついてるみたいで嫌なんですが。え? 僕傷ついてる? は?」
「何恐ろしいんだけど、情緒不安定か君」
「相手の男は?」
「さっきからチャレンジャー過ぎるだろマルセル」
三人とも社交界での微笑みなど捨てたように素の表情で、気安く言葉の応酬は行われる。
貴族とはいえ家の位に違いがあるけれど、これは三人の決めごとだった。人払いを済ませたバルビエ公爵家の一室——ジルの家のサロンでだけは、横並びに交流を楽しもう、という。
「使用人と駆け落ちしたらしいんですよ。訪問した時に度々目が合う従僕が居たので、彼かな、あれから見かけませんし」
「身分違いの恋愛かぁ……あれかね、階級に左右されない真実の愛? 流行りの大衆小説のようだね」
「読まん。分からん」
「まあ、あれは女性向けですから。あれですかジル様、女性との会話のために嗜むんですか?」
「私は好きだよ、ああいうのも。もちろん女性との話しのネタになるからっていうのもあるけどね」
幾つかタイトルを並べて語るジルに、興味を失ったように適当な相づちを投げるふたり。
「関心無いなあ。相手に合わせる努力をしないから婚約者に捨てられるんじゃないのかい」
「突然に抉るのやめて貰えます? ジル様みたいなのの方が希ですよ。貴族の基本は政略結婚ですし」
「円満な夫婦関係を築くことは必要じゃない? 愛情とはいかなくても、お互い情があった方が得だよ。背後は刺されないようにしないとね」
「まあ……人による部分でしょう。とりあえず刺々しい関係は回避すべきですけれど——マルスラン様寝てません?」
「いや。目を閉じていただけだ……」
「……今日はそろそろお開きにしようか。人払いもあんまり長いといけないからね」
ジルの言葉に頷いて、まずアダンが扉を開く。白々しい帰りの挨拶を二、三述べて出ていく様は貴族の腹の探り合いの雰囲気をそのまま持ってきたかのような再現力だ。実際馴染んだものなのだろう。
ほんの短い時間の談笑が、まるで無かったことのように振る舞われる。関係が知られる不都合だけを考えるのなら、友好を隠す必要など何処にも無いのだけれど。
次にマルスラン。アダンとは少し間を開けて、口数少なく去っていく。それを見送る体でジルも退出し、無人のサロンの扉は閉じた。