複雑・ファジー小説

Re: 添付レートのような。【短編集】 ( No.17 )
日時: 2018/09/15 12:35
名前: ヨモツカミ (ID: V8df6PvY)

♯17 七夜月アグレッシブ

 笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。あなたの願いが、叶わなければいいのにと。
 図書館の入り口に飾られた笹の木と、その側に置かれた机の上の短冊や鉛筆、紐。誰でも自由に願いごとを書いて飾ってね、ということなのだろう。
 七夕なんて子供みたいだね。そうやって笑いながらも、彼女は淡い桃色の紙面に更々と文字を書いてゆく。その嬉々とした横顔と白と婚のコントラストが眩しいセーラー服を見ていると、妙な既視感に襲われた。それでやっと思い出す。去年も二人でこうして短冊に願いをしたためたんだっけ、と。
 彼女は一足先に願い事を書き上げると、紙の上部に空いた穴に紐を通して、笹の葉に括り付けた。

「……よく、こんなこと書いたね」
「ちょっ、やだー見ないでよー」

 友人ははにかむように笑いながら、慌てて掌を紙面に被せて、内容を隠す。でも、そんなの今更遅い。彼女のお願いを見てしまった私は、酷く複雑な心境に陥っていた。友達の願いを素直に応援してあげられないなんて、最低なやつだと思う。思うだけだ。私は彼女の望みを、全力で否定したかった。
 そんな私の気持ちなんか露知らず、友人は窓の外に視線をやる。図書館内は空調がよく効いていて、少し肌寒いくらいだが、硝子を挟んだ向こう側に出た途端、灼熱の直射日光と熱気が私達の肌を焼くのだろう。雲一つない突き抜けるような青が忌々しい。

「織姫と彦星。今年こそは会えるといいねー。去年は曇っちゃったからさあ。だから私のお願い叶わなかったんだよ」
「私は去年のお願いは叶ったよ。自力で叶えてやった。結局、他力本願じゃ駄目ってことでしょ」

 素っ気なく私がそう言うと、彼女は少し頬を膨らませる。その様子で去年の夏、一緒に行った海で捕まえた河豚を思い出した。今年の夏は行かないかもしれないな、なんて考えた。

「今年は叶うといいね」

 心にもない言葉を口にしてみて、自分でも驚くほど乾いた声が空気を震わせた。

「あんたが叶えてよ」

 友人の言葉にドク、と心臓が跳ねる。空調の聞いた室内なのに、背中に冷たい汗が滲むのが分かった。

「なんてね。他力本願じゃ駄目なんだもんね。私、今年は頑張ってみる」

 向日葵のようにパッと笑う。彼女の底抜けに明るい笑顔が、胸を抉るようだった。なんでそんな風に笑えるの。私はあなたのその笑顔を見ると、苦しくなってしまうのに。

 彼女は私の手に握られた白紙の短冊を覗き込んで、まだ書けてないの、と苦笑する。それから、先に行ってるよ、と言って、私に背中を向けた。そうだ、私達は図書館に七夕の短冊なんか書きに来たのではない。自習室を借りて、課題を終わらせようとしていたのだった。
 遠退く背中を見つめていると、胸がざわついた。何も書いてない短冊が、私の手の中でクシャクシャになる。

「ねえ、やめなよ」

 気が付いたら、私はその背中に声を掛けていた。彼女は足を止める。振り向きはしない。
 友人の後ろ姿を見つめて、私は覚悟を決めていた。だからもう一度、はっきりした声で言う。

「やめなよ」

 今度は友人は振り向いた。いぶかしむ様な顔が私を見ていた。

「やめなって。なんでそんなこと言うのよ」
「……こういうこと」

 クシャクシャに折れ曲がった紙面に、更々と願いを綴り、紐を通して、友人の短冊の隣に括りつける。それから、彼女の短冊を鷲掴みにして、引き千切った。

「え!? なにしてんの!?」
「貴様の願いなんぞ叶えさせてたまるかあああ!」

 目を剥く友人の目の前で『アグレッシ部の部長になれますように』の文字を引き裂いてやった。ビリビリと細かく裂いて、バラバラになった紙を丸めて、床に叩きつけ、勝ち誇ったように踏み付ける。
 私が笹の葉に括り付けた『アグレッシ部の部長は私じゃ!!!!』という短冊が、やけに誇らしく見えた。

「ちょっ、吉川! あんたなにしてんよ!」

 慌てた様子で掴みかかってくる友人の手を払い除けて、鼻を鳴らす。

「私も部長の座狙ってんだよ!」
「えっ、なんでよ、あんたクラス委員長と生徒会長と文化祭実行委員長掛け持ちしまくってるじゃん! 忙しくて手回らないでしょ!?」
「ええい喧しい、私は内申上げ上げパーリィ狙ってんだよ! お前は副部長でもやっとけっての!」

 欲に塗れた意地汚い私にとって、友情なんてものは関係ない。部長の座を狙うのなら、友人は邪魔者でしか無かった。
 ぽかんとしていた彼女が、急に真面目な顔をして、肩にかけていたスクールバッグを床に降ろすと、肩を回しながら言う。

「……そんなに言うなら、どちらが部長の座に相応しいか、ここで決着を付けようじゃないの」
「臨むところだ。何処からでもかかって来なさい、竹下ァ!」

 私達は殴りあった。司書さんの制止する声も耳に入らないほど全力で。
 彼女の右ストレートをいなし、自分の拳を叩き込み、隙を付いて繰り出された足払いをもろに受けて地面に伏し──たようにみせかけ、彼女の鼻を殴りつける。しかし、その動きは読まれていたのか、少ない動きで私の拳をかわした彼女の目潰しが迫ってくる。が、私は眼鏡だ。少しの衝撃と共に、レンズに指紋が付いてしまったが、私のお目々は無傷だった。そして友人は突き指をしたらしく、右手の人差し指を押さえて、その場に蹲った。

「うわー指がー」
「ふふ、愚かな。やはりあなたに部長は任せられそうもないね」

 最近メガネフラワーで買ったばかりの新品の眼鏡に指紋がつけられたのは腹立たしく感じるが、まあ、拭けば済む話である。
 指紋の付いたままの眼鏡ではよく見えないため、眼鏡を取り外す。瞬間、私は瞠目した。
 さっきまで蹲っていたはずの彼女がいない。

「掛かったわね吉川!」
「なっ……! まさか、突き指したあなたを見て勝ちを確信した私が余裕そうに指紋の付いた眼鏡を取り外す一瞬の隙を付いて背後に回り込みぶん殴るという戦法か!」
「めっちゃ説明口調ね吉川! でもその通り!」

 振り返った私の視界には、彼女の繰り出した拳が迫ってくるのがスローモーションのように映った。避けられない。それなら、と私も渾身の力で拳を振りかぶった。

 だが、私が彼女の拳を受けることも、彼女が私の拳を受けることもなかった。代わりに、乱入した司書さんの繰り出した瞬速のアッパーを受けて、私達の勝敗は霧の中へ。
 ……あの司書さん、一体何者だったのだろう。

 その夜、空は曇っていた。今年も織姫と彦星は出会えなかったらしい。
 そして数日後、アグレッシ部の部長任命式が行われた。結局、彼女の願いは叶わなかったし、私の願いも叶わなかった。他の部員が部長も副部長の座も掻っ攫っていったのだ。

 後日、私達は互いの心の傷を癒やすためと、仲直りも兼ねて、今年も一緒に海に行った。


***
吉川と竹下は、図書館出禁になりました。自分でも何書いてるかわかんなかったけど楽しかったからオッケー(>ω<)アグレッシ部か何かは私も知りません。
最初はシリアス系にしようと思ってたので、途中までそんな雰囲気ですが、後半はヤケクソです。