複雑・ファジー小説

Re: たゆたえばナンセンス【短編集】 ( No.38 )
日時: 2019/05/22 17:45
名前: ヨモツカミ (ID: w9Ti0hrm)

♯29 Your埋葬、葬、いつもすぐ側にある。

 人って、こんな簡単に死んじゃうんだ。
 クラスの人気者**さんが亡くなった。放課後、学校の階段から落ちて、頭を打って、そんなことで死んじゃったらしい。
 お葬式は、生前の**さんの人柄に似つかわしくない雨天だった。クラスメイトの生徒会長さんが「**さんのために、空も泣いてるんだね」なんて言いながら、ポロポロと涙を零していた。生徒会長さんは、**さんの事が好きだったから、それはそれは悲しいことだったろう。
 葬式会場では、みんな真っ黒い服に身を包みながら泣いていた。**さんは愛されていたから。皆が皆、**さんのために涙を流すのだ。だから、私だけ泣いてないのが不自然に映ってないか、不安を覚えていた。私は内心、**さんが死んでほっとしていたから、嘘でも涙なんて出なかった。

 嫌っていたわけではない。むしろ、その逆だった。
 クラスの人気者である**さんは、誰にでも優しくて、楽しくて明るい人で、いつも誰かに囲まれていたから、教室の隅っこで本を読んでる暗いクラスメイトのことなんか、特に気にしたことは無いだろう。それでも、毎日クラスメイト全員に「おはよう」と挨拶する**さんが、私にも声をかけてくれるのが、日々の小さな楽しみだった。
 席が近いお陰で、稀に私にも話しかけてくれた。「天気悪いね。次の体育はグラウンド使えないなあ」「そうだね」なんて、本当に他愛も無い会話だった。でも私は嬉しくて、嬉しくて。この会話を忘れないように、ノートに書き残したほどだ。
 気が付いたら、私は**さんの事ばかり考えていた。視界に入れば目で追ってしまうし、**さんの声を聞くだけで、胸の辺りが一杯になる。多分、**さんと本当に仲の良いクラスメイト達に比べたら、**さんと私の時間なんて、溜息をつくほど一瞬のことだろうけど、その一瞬をかけがえのないものと思える事が何よりも素敵なことだと思うのだ。浜辺で見つけた小さな貝殻みたいに、他愛もない宝物のように。
 **さんとの刹那のやりとりを、誰よりも美しく尊く記憶することができる。それが幸せだった。
 私は**さんとのやり取りは全部日記のようにメモに残していた。

『9月13日11時28分 消しゴムを拾ってくれた』
『9月18日13時46分 目があった』
『9月21日17時11分 「バイバイ」って言ってくれた』
『10月1日10時7分 体育の時間にバスケットボールをパスしてくれた』
『10月5日17時2分 「バイバイ、また来週」って言ってくれた』
『10月7日19時10分 目があった』
『10月14日23時28分 目があった』

 こんなに好きだったのに、**さんは死んでしまった。それは勿論悲しい事だった。でも、私はお葬式の最中、**さんの死に顔を見つめながら、ぼんやりとこんなことを考えた。
 死んじゃったら、もう誰も**さんと過ごせなくなる。それはつまり、誰にも**さんを盗られないで済むということ。**さんを囲んでいたクラスメイトの誰一人。
 ああでも。誰にもと言えば、語弊がある。だって**さんは、最終的には**さんの家に行くのだから。ここで焼かれて、骨になった**さんは、ご家族が仏壇で大事に保管するんだ。そうしたら、家族のものになってしまう。でも。でも、私が**さんを盗っちゃえば。
 遺骨を盗んじゃえば、**さんは、私の物にできる──なんて、考えてしまった。

 実際にやってみた。そして案外簡単だった。 

 **さんの家は知っていたから、誰もいなくなったときに、ベランダの窓から入って、仏間に置いてあるバラバラの骨になった**さんを、持参した箱の中に詰め替えた。
 家に持ち帰って、**さんの入った木箱を見つめた。胸が高鳴る。少しだけ指先が震えた。**さんは、本当の意味で私の物に。私だけの物になった。他の誰も**さんに触れる事は出来ない。私が**さんを所持しているのだから。

「これからも宜しくね、**さん」

 慈しむように箱の表面を撫でる。生きてるうちには、一度も触れた事なんてなかったのに。目を見るのが精一杯で、**さんの手に触れる事なんてできなかった。私はこんなにも**さんのこと好きだったのに。**さんが生きてるうちに**さんがその事実を知ることなんて無かった。
 **さんは死んじゃったけど、きっと私にこうやって独占されることなんか望んでいなかった。**さんは、本当は誰の所にいたかったのだろう。やっぱり家族の元が一番? いいや、例えそうだとしても、私は私の気持ちを抑えることなんか出来ない。絶対に**さんの家に返したりなんてしない。もしも私が**さんを所持していることがバレたって、離しやしない。私はこれから一生、**さんに寄り添って生きていくのだ。
 愛してる。誰よりも。

 学校に行くときは**さんに挨拶して、学校から帰ってきたら、**さんに色んなお話をした。寝るときは枕元に**さんを置いて、一緒に寝た。私と**さんは、学校に行くとき以外はずっと一緒だった。
 そんな幸福な日々がずっと続くんだと思っていた。のに。

 ある日、学校から帰ってくると、箱の中身が空っぽになっていた。目を疑ったけど、何度確認したところで、中身の無い木箱がそこにあるだけ。どうして。あんなに沢山入っていたのに。
 私の彼がいない! 逃げたんだ、と思った。私のことそんなに嫌いなの? なんで!
 思えば**さんは、他の人と話をすることのほうが多かったし私との会話なんてそれと比べたら極端に少なかっただから**さんが私の事好きじゃなくて私から逃げ出したとしたら納得がいってしまうでも私は誰よりも**さんのことが好きだったのだその気持ちは誰にも負けないからやっぱり**さんは私のもとにいるべきなんだいなきゃならないんだなのにどうしてこの箱の中身は空っぽなの**さんはどこへ逃げたの逃げた? 違うきっと違う**さんは私から逃げないだって逃げられないものきっと誰かに攫われたんだああ探さないとでも何処を探せばいいわからないわからないわからないわからない!

 私は部屋を飛び出した。検討もつかないまま探し回ったけど、やっぱり**さんが何処にいるのかわからなくて、深夜にフラフラになりながら家に帰ってきて、ベッドに倒れ込んだ。
 それから、空っぽの木箱の表面を撫でながら、どうしようもなく泣いた。
 **さん。何処。あなたが居なくちゃ寂しいよ。
 縋り付くように啜り泣くけれど、**さんは帰ってこない。それがわかっているから一層私は悲嘆して、涙は止まらなかった。

 でも、数日後。私は**さんの手がかりを見つけた。クラスメイトのY君の机の中に、白い粉の入ったジップロックの袋があるのを見た。
 咄嗟にY君が**さんを連れ去ったんだと気付いた。こんな思考、普通じゃないと思う。そう簡単に**さんと結びつけるなんておかしい。なんとなくそれは知っていたけど、何故か私は確信を持っていた。
 だから放課後、Y君を呼び出して問い詰めた。体育館裏には人の姿は本当にない。雨が降り出しそうな重たい雲は、**さんが亡くなった日を彷彿とさせる。**さんが見ているような気がした。自分を取り返してほしいと、私に訴えてるんだ。
 私はY君の目をじっと見つめる。彼はなんだか、私を面白がっている風に見えて。

「ねえ、**さんを盗んでたでしょ」

 彼は私がそう言うのを待っていたみたいだった。
 畳み掛ける。

「犯罪だよ」

 だってY君は私の家に侵入して、勝手に**さんを連れて行ったんだから。あれ、じゃあ私の行動は。一瞬だけ過ぎった考えも、**さんと私の過ごして日々の記憶が有耶無耶にする。ううん、私は悪くないよ。だって私達、幸せだったもの。

「**さんは何処?」

 責め立てるような声で言うと、Y君は口元を歪めた。ほら、その顔。やっぱりY君が**さんを持っていったんだ!
 憎しみと敵意を込めて強く睨みつけると、彼はようやく口を開いた。

「ここに居るだろ」

 雨が降り出しそうな匂いがする。そう思ってたら、鼻先に雨粒が当たった。私は今日、傘を持ってきていない。
 私は彼を断罪するように荒々しく怒鳴りつける。

「何処!? **さんを返して! 私の**さん!」

 そう。Y君が**さんと一緒にいる時間なんて、一秒として必要ない。**さんは私と過ごすべきなんだから。
 そう思うと余計にY君が許せなかった。なのにY君は可笑しそうに笑っているんだから、憎たらしくて仕方がない。
 私は拳を振り上げて、一歩迫った。Y君は下がらない。ただ、決壊したように笑いだした。何が面白いのかわからなかったし、何より感情が抑えられなくなったから、私はY君の頬を殴り付けていた。
 反動で数歩下がって、頬を押さえながら。でもY君はまだ笑っていて。
 彼は静かな声で言った。

「僕、**さんみたいな人気者になりたかったんだ」

 何を言っているの。そう問うまでもなく、Y君は続けた。

「**さんは僕だ。遺骨は全部僕が食べた。水に溶かして飲んだけど、とてもじゃないけど飲めそうになかったから、色んな方法を考えたんだ。ココアに混ぜて飲んだ。クッキーの生地に使って食べた。カレーの隠し味にも使ってみた。グラタンのパン粉に混ぜたりもした。他にもラーメンのスープに入れたし、チョコタルトにしたし、あとはリゾットにも入れた。今日やっと**さんを食べきったんだ。だから、僕が**さん」

 目を剥いて、言葉を失う私に彼は満面の笑みを見せた。それは、**さんの笑顔を彷彿とさせて。

「ねえ、これで皆は僕を見てくれるかな?」


***
結構前に貰っていたお題「気付けば箱の中身は無くなっていた。あんなに、沢山あったってのに」より。ありがとうございました!
**さんは、たんに名前考えるのが面倒だっただけで、意味はありません読み方も、「あすたりすくあすたりすくさん」です。Y君も、響がかっこいいからYです。もっとカッコつけてγ(ガンマ)君とかでも良かったかも。
ちなみに“私”のメモのことですが、10月5日は金曜日で、それ以降のメモは日曜日です。