複雑・ファジー小説

Re: ルナティックの硝子細工【短編集】 ( No.52 )
日時: 2019/11/30 09:08
名前: ヨモツカミ (ID: w9Ti0hrm)

♯39 愛で撃ち抜いて

 無機質で冷たい、鉄の塊。その冷ややかさは、まだ指一本触れてないこちらにまで伝わってくる。鉛の玉を食った拳銃は、寡黙に殺意を研ぎ澄ましている。

「それモデルガン、だよね?」

 一応確認のためにメディはウルシアに訪ねた。紫色の前髪の隙間、同じ色をした瞳がこちらをじっと見つめている。彼女は、淑やかに微笑んで見せると、歌うように言った。

「違うよ。悪い人から貰ったの」

 息を吐くこともない黒い黒い銃口が、こちらに向けられる。

「本物だよ」

 代わりに息を吐くのメディはだった。本物だという銃を向けられて、感嘆の息が溢れる。恐怖の感情はなかった。人を殺せる鉄塊の存在感を目の前にして、ただ、物珍しく思うだけだった。15にもなって、メディは死というものに対しての理解が薄かった。

「おれを撃つのかい、ウルシア」
「さあね。でも生殺与奪権は私にあるよ」

 黒い引き金に、細くて頼りない指が絡む。それが引かれることが、即ち死であること。わかっているようで、なんだか夢のことのようにメディは思う。

「銃なんか使わなくたって、僕はこの冬のうちに死ぬのに」

 此処は奇病の患者が集められた病棟。
 メディの片目には、顔の半分を覆うほど大きな花が咲いている。薄桃色の六枚の花びらを持つ、名も無き花。残った銀灰色の左目は、日毎に光を失い、メディの手足も入院した当初と比べると大分細くなった。
 花が彼の命を蝕んでいるのは確かだった。やつれていく彼の代わりに、無名の花は日に日に美しく咲き誇り、しかし今では花の終わりも見え始めていた。
 今年の終わる頃。良くても来年の始まった数週間のうち。花は枯れて、同時にメディの命も終わりを迎えるだろう。花を身に宿し、入院したときから、メディはそれを理解していた。花が美しくなる度に、自分の体が弱っていくのだ。花に生気を吸い取られている。できないことが少しずつ増えていった。元気に走り回ることができなくなる。病棟の廊下を歩けなくなる。今では、ベッドで横たわることしかできなくなっていて。
 毎日を寝て過ごす日々に、突如ウルシアという少女が現れた。
 彼女は度々メディの病室に顔を出して、体調を伺った。花の呪いで記憶も曖昧になり始めたメディには、ウルシアと自分の関係が思い出せない。親しい仲であったことはわかる。だが、どのように出会ったか、どうして彼女が頻繁に訪ねてくるのか、彼女がどんな人間であったか、それについて考えようとすると、花の茨に阻まれるように思考ができなくなる。ウルシア。せめて名前だけは忘れぬようにとペンで掌に書いた。薄れれば、上からなぞって、彼女のことだけは覚えようとした。
 ──そんな彼女に、拳銃を向けられている。
 さつい。殺意。ウルシアに殺されなければならない理由が、果たして自分にあっただろうか。考えを巡らせる。この病室で自分がやってきたことは、彼女の話に相槌を打つだけ。花に蝕まれて弱った体ではその程度しかできなかった。それだけの自分を、殺す理由。メディには想像もつかなかった。

「私、メディに死んでほしくないんだ」
「だとしたら、どうしてソレをおれに向けるの?」

 ウルシアは眉を顰めた。唇を噛み締めて、何かを堪えるような顔で、じっとメディを見つめた。

「花があなたを殺すなんて、許さない。奪わせない。だから、だから……」

 その震える声と表情から、ウルシアが向ける殺意が、鉄の冷たさとは似ても似つかないモノだと、メディはなんとなく悟った。
 いつもこの病室を訪ねてくれる彼女なら、死んでほしくない、というのは本心から来るものなのだろう。それ故に自らの手でメディを殺す選択。それはきっと、愛情に似たなにかだ。
 そうだ。死んでほしくないから、殺すのだ。ウルシアがメディを大切にしてくれているからこそ、自分の手で命を終わらせたいのだ。
 メディは思わず笑った。死ぬというのに、こんなにも心が温かいなんて、不思議だ。

「いいよ、ウルシア」

 手を伸ばす。冷たい指で、彼女の手に触れた。そうして銃の引き金に指を重ねる。拳銃は、メディの指先より冷たく、武器の持つ鋭利な殺意を実感した。
 彼女の手は震えていた。

「おれを殺して」

 死への恐怖はわからない。痛いのか。苦しいのか。寒いのか。それは少し、嫌だな。だけれど、彼女の暖かな殺意に撃ち抜かれるなら、きっと辛くはないだろう。
 ウルシアの紫が潤んで、透明に揺れる。
 彼女の指に重ねた指がゆったりと沈みこむ。かち、という無機質な音。

 秋晴れの空、奇病の患者が集められる変わった病棟で、一つの銃声が響いた。


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お久しぶりです。銃口を突きつける、という描写がしたくて書きました。発砲はしたけど、死ぬ描写を入れなければ、シュレディンガーの猫です。私は人が死ぬ話をよく書きますが、今回はどうなのでしょうね。