複雑・ファジー小説
- Re: ルナティックの硝子細工【短編集】 ( No.55 )
- 日時: 2020/02/10 19:36
- 名前: ヨモツカミ (ID: CstsioPs)
♯42 さみしいヨルに
雨が降っている。
氷のように冷たい。鈍色の空から、しと、しとと。誰かの流した涙のように落ちてきて、私を雨水が湿らせていく。
ネオンに彩られた街中。皆、カラフルな傘で身を守る。この冷たさに浸りたくはないから。寒さは嫌いだから。一人、傘に守られず黒髪を濡らす私は独りだった。
大丈夫ですか。右耳にかかる声。見知らぬ男性。ビニール傘を差し出すスーツの男だ。
ふっと笑いかけて、私は踵を返す。人混みの中に体を押し込んでいく。優しさなんていらない。今の私には偽善に見えて、汚れて思える。だから独りなんだろう。自ら孤独を選んだのだ。
雨が重たい。水を吸い込んだ制服が肌に張り付いて、凍える。だけど、温もりなんて欲しくはなかった。
歩いて、歩いて。吐く息が白い。指先がかじかんで、感覚がなくなる。ローファーの中も水浸しで、一歩進むごとにぐしょ、と音を立てて、その冷たさに鳥肌が立った。
住宅街までくると、人気は無くなる。目指したのは自分の家でもないマンション。勝手に入って、エレベーターに乗り込んだ。押したボタンは最上階。11の数字をぼんやりと視界に写して、それって何メートルかな、と疑問を抱える。どうでもいいか。高ければ高いだけ良かった。
最上階に辿り着く。曇天から降り注ぐ雨が、街を濡らしていた。分厚い雲に覆われて、今が何時かすらわからなくなる。
私は濡れたフェンスに両手で触れた。冷たい鉄の感触。少し離れたドアから、誰かが出てきて、私を見た。若い男だった。視線が合う。私はなんとなく笑いかけて、それからフェンスに足をかけた。
あ、と男が声を上げる。でも、動かない。ここ11階だぞ、と叫ぶだけ。知ってるよそんなこと、とは答えずに、私は体を乗り出す。
当然、重力が私を地面に引きずり落とそうとする。落ちる。落ちる。落ちていく。
男がフェンスに張り付いて、私を見ているのが遠く、上の方に見えた。
「人間は、馬鹿だねえ」
急に体が軽くなる。両手が翼に変わる。濡羽色の、艷やかな黒い羽。
1つ、大きく羽ばたいた。風を掴んで、宙に舞う体。
私は鴉。孤独に空を舞う。
私は、どこまでも自由で、独りだった。
***
寒い日が続きますね。寒いとなんとなくテンションが下がって、ほんのり暗い気持ちになりますよね。冬の雨って、冷たいしホント、最悪ですよ。雨は夜更けすぎに雪へと変われよ。そんな気分で書きました。