複雑・ファジー小説

Re: ジャックは死んだのだ【短編集】 ( No.61 )
日時: 2020/04/30 10:27
名前: ヨモツカミ (ID: Whg7i3Yd)

♯47 ねえ私のこと、

 大学の同級生が今年の春から独り暮らしを始めた。彼は元々、寮で生活をしていたのだが、壁の薄さとか、共同スペースの管理とか、とにかく他人との関わりに疲れてしまったらしい。
 6月の中頃。その友人が一晩、家に泊まりに来ないかと誘ってきた。実家から大学に通っている俺は、独り暮らしの自由を手に入れた友人の家で、夜通し語り合って酒を飲み散らすとかしたら楽しそうだ、と喜んで承諾した。でも、本当に泊まりに行っていいのか、と一応もう一度確認したが、是非俺に来てほしい、とのことだった。
 リュックに一晩明かせる程度の荷物を詰めて、意気揚々と彼のマンションに訪れる。大学からそう遠くないところにあるマンションなので、同じ大学の独り暮らしの生徒が沢山住んでるのだろう、と予想する。俺も独り暮らし考えようか。しかし、自分のことをすべて自分でできる自信も無い怠惰な人間なので、まだ実家でいいかと思考した。
 友人の住む部屋のインターホンを押すと、そう待たずに彼が顔を覗かせる。

「うぇーい、ケント! 遊びに来たうぇい」
「おう……なんかテンション高いな。まあ、入ってくれ」

 言われるままにお邪魔します、と一声かけてケントの家に入る。男の部屋にしてはやけに片付いているように見えた。こんなに几帳面なやつだっただろうか? と疑問にすら思う。ベッドの上に畳まれた洗濯物が積まれていて、タンスにしまっとけよ、と思わせる時点で、ケントらしさは出ているのだが。

「服屋みたいにキレイに畳むんだな。俺、服のキレイな畳み方とかわかんねーわ。お母さんが大体やってくれるしな」

 そう言って笑うと、ケントは苦い表情をした。

「僕がやったんじゃない」

 俺は思わずキョトンとする。は? じゃあ彼女にでもやってもらったのか? そう思っていると、ケントは、何故か急に泣き出しそうな顔になって言った。

「もう、僕怖いんだよ!」
「……どうしたんだよ?」

 ケントはキレイに積まれていた洗濯物を腕で押し退けて、ベッドに座った。そうして頭を抱える。折角畳まれていたのに、今のでぐちゃぐちゃになってしまった洋服達を見て、ケントの様子が明らかにおかしいんだ、と気付いた。
 俺は黙って座椅子に腰を下ろし、ケントが話し出すのを待つ。

「さ、最初におかしいと思ったのは、そろそろ詰替えようとしたシャンプーが、いつの間にか満タンになってたことで……」

 そのときは、酔っ払ったときに自分で詰め替えて、それで覚えていなかったのだろうと思うことにしたらしい。でも、次第におかしなことは増えて行ったと言う。
 散らかしたはずの部屋が妙にキレイになっている。台所に溜めていた食器がみんな洗い終わっていた。干しっぱなしの洗濯物が、畳んでベッドに置かれている。ゴミ箱が空になっていた。冷蔵庫のビールが減っていた。
 独り暮らしをしているのに、まるで誰かもう一人、一緒に暮らしているみたいな、そんな不可解な出来事がいくつも起こったのだと言う。

「そんなん……勘違いじゃないのか」
「僕だって最初はそう思おうとしたけど、でも、やっぱりおかしいんだよ!」

 ストーカーだ。誰かが家に侵入してやってるんだ。ケントはそう言い放った。
 俺は黙り込む。そんなわけ無いだろ、とはもう言えなくて。
 一人でいるのが怖くなったから、今日俺を家に呼んだのだという。
 しばらくお互いに黙っていたが、俺はふと思い浮かべたことがあって、落ち着いた声で切り出した。

「なあケント。お前、彼女とまだ付き合ってるよな?」
「彼女? 何言ってんだよ、僕に彼女がいたことなんてないけど?」
「……え」

 やっぱりだ。何かおかしい。
 俺には、大学の同じ学部の女の子で、仲良くしていた子がいた。彼女は春からケントと付き合ってるのだと言っていた。密かに俺がその子に想いを寄せていたのに、ケントと付き合ってるのかよーとショックを受けたことがあった。
 その子から別れたって話は聞いてないし、ケントの口からは彼女なんていない、という発言が出た。
 嫌な予感がして、俺の額に汗が滲む。

「なあ、ケント……お前、また覚えてないの?」

 彼はキョトンとした顔をしていて、俺は耐えられなくなって、荷物を引っ掴むと部屋から飛び出した。

「おい、お前どこに行くんだよ!?」

 後ろから呼び止める声がしたけれど、知らない。
 本当に最悪な奴だ。有り得ない。舌打ちしながらも、俺はケントの彼女に電話をかける。
 そうすると、すぐ後ろで着信音が鳴った。後ろ。ケントの、家の中から。
 驚いて、直ぐにケントの部屋に戻った。何処だ。何処から。

「お前、戻ってきたと思ったら何だよ……」

 目を見張っているケントのことは無視して、鳴り続ける着信音を探る。そうして、音源が押し入れからだと気付いて、勢い良く開け放った。

「……ああ、またか」

 変な方向に曲がった首に、力なく投げ出された四肢。もう生きているとは思えない、変わり果てた姿の彼女が、押し入れに詰め込まれていた。

***
ホラーを書いてみようかと思って。解説しますと、ケントは付き合った女のことを何故か毎回忘れます。そして殺害したことも忘れます。ケントがめっちゃやばいやつ的な話です。それを主人公だけ知ってます。