複雑・ファジー小説

Re: 回答欄満た寿司排水溝【短編集】 ( No.7 )
日時: 2018/04/19 22:04
名前: ヨモツカミ (ID: NAPnyItZ)

♯7 問一、勇気とは何であるか?


「問おう、君の勇気を」

 暗い景色の中に、吐き出された白い吐息と、言葉。わたしの声は、情けなく震えていたけれど、彼女はきっと、それには気が付かなかった。
 口にしたのは、とあるゲームの有名な台詞だった。かつて、わたしと彼女を繋いでくれた存在。勇者が魔王を倒して、世界を救うという、ありふれたRPG。幼かったわたし達は、共に助け合いながら、世界を救う勇者だった。
 ゲームの世界を救ったあとは、彼女と話す事もなくなってしまったけれど。
 電話口から、呆れるような嘆息が溢れるのを、聞いた。

「なに、用はそれだけ? 私忙しいんだけど」
「あっ、あ、えっと……」

 素っ気ない返事。煩わしそうに、尖った口調。そうか、やっぱり。わたしはあなたにとって、どうでもいい存在になっていたんだね。
 中学に上がって、同じクラスになれたにもかかわらず、教室の端っこで、本と向かい合うだけのわたしと彼女が、言葉を交わすことは無く、沢山の友達に囲まれて、キラキラと笑うあなたは、とても、とても遠い人になっていた。
 わたしにとって、一番の友達でも、あなたにとっては、どうでもいいクラスメイトだったのだろう。察していたくせに、認めたくなかったから、気付かないふりをしていた。
 SNSで数日前に彼女に送信し、未読無視された「疲れた」と「死にたい」のメッセージも。彼女が運動部だから、忙しくてSNSを見る暇も無いのかな、なんて。理由を探して、認めないように、必死になっていて。
 馬鹿みたい。
 こんな、夜遅くに電話を掛けて、勿論あなたは、出てくれないと思っていたから。声が聞けた瞬間、何かを期待してしまった。

「切るよ」
「あ——……うん、バイバイ」

 伝えたいはずの言葉が、見つからなくて。結局、それしか言えなかった。プツン、と機械的な音と静寂が、せっかく繋がった彼女と、わたしを隔ててしまう。
 ぼんやりと、スマホの黒い画面に映る自分の顔を見ていたら、隈の目立つ両目から、ポロポロ。決壊したダムのように、拭っても、拭っても、無駄なようで。頬を伝っていく雫が、マフラーに染みをつくる。
 吹き付ける夜風に、思わず身震いをした。一人でいると、尚更寒く感じる。孤独なんて、慣れた気がしていたのにな。
 ほんの少しでいいから、話を聞いてほしかった。わたしたちは友達だから、きっと心配してくれると、思っていた。親も、先生も、信じたくなくなってしまったわたしでも、彼女だけは、信じてみようと、思ったのに。
 止めてほしかった。彼女がなにか言ってくれれば、そうすれば、生きる勇気を、持てそうだったのに。
 裏切られたんじゃない。最初から、それだけの関係だったのだ。勝手に期待して、勝手に落ち込んで。

「……ばか、みたい」

 誰かを信じてみる勇気は、粉々に砕けて、わたし自身も、今から粉々に砕けるの。
 乗り越えたフェンスの先、支えは無く、見渡す限りの夜景。月も見えない、暗色の雲につぶされた空。わたしにはお似合いかな。力が入らず、足元がふわふわ。傾ぐ身体。浮遊感。急降下。
 不思議と恐怖は無かった。ただ、少しだけ寂しい。



 電話口から聞こえた言葉の意味を、今になって考えてみる。
 学校から連絡があって、昨日彼女が、高層マンションから飛び降りて自殺したと聞かされた。折角の休日の朝から、そんなこと聞きたくなかった。
 昨夜の電話が彼女なりの遺言だったらしいが、回りくどい言い方をして。頼りたいなら一言「助けて」と言えばよかったのに。時計の針が天辺を少し過ぎる深夜、私の貴重な睡眠を妨げてまで伝えたかった遺言が、アレなのか。
 彼女を失った悲しみや喪失感は微塵もなかった。同じクラスではあるが会話をした記憶はないし、SNSでの連絡先は交換していたが、連絡も取ってなかったし。会話履歴は4月くらいに「同じクラスになったね。よろしくね」「うん、よろしく」というやり取りをしたあと、一昨日彼女が送り付けてきた「死にたい」と「疲れた」だけ。最近よく耳にするメンヘラと呼ばれる人種の戯言かと思って無視をしていたが、まさか本当に死ぬとは思わなかった。
 何故死に際に電話をかけてきたのが私だったのか。
 彼女は小学生の時もいつも自分の席で本と向かい合うだけの暗い子で、気まぐれになんの本を読んでいるのだろうと覗き混んだら、私もハマっていたゲームの本だったので、折角だから一緒に攻略しようと協力し合った。それ以外の関わりはない。
 ああ、そういえば彼女の遺言は、あのゲームの有名な台詞だったっけ。それは確か、ラスボスである魔王の台詞。
 彼女は何のために死んだのだろう。いじめを受けていたわけでもないし、勉強ができなかったわけでもない。家庭内に問題があったわけでもないらしい。ただ、いつも自分の席で本と向かい合うだけの生活をしているように見えた。

 だとすれば、何が彼女を殺したのか。

 私は自室の勉強机の上を見回した。片付けても一日で元の汚さを取り戻す机は、文房具だの漫画だの食べかけのお菓子だのでごった返している。そこを引っ掻き回してみると、案外簡単にそれは見つかった。
 昔、彼女と一緒にやったゲームのパッケージに、大きなタイトルロゴと柔らかく微笑む勇者と、その後ろで不敵に笑う魔王が描かれている。魔王は確か元は勇者の親友で、共に旅をしているうちに道を踏み外して、魔王となった。ラストダンジョンの最深部で、魔王が「勇者ならば友であろうと殺してみろ」と喚き叫んでいたのを思い出す。

『問おう、君の勇気を——』

 ——君に世界は救えるか? 私を殺し、世界に光を取り戻せるか? 選択せよ勇者。私を殺すか、それとも君が死ぬか。

 それから、勇者は魔王になんて返したんだっけ?

「……“僕は救うよ。世界も、君の事も。だって、親友のいない世界を救ったって意味がない”」

 声に出してみたら、私しかいない部屋で妙に虚しく響いた。
 そうやって笑う勇者みたいに、私も彼女を救えたかもしれなかった。いや、違うだろう。彼女だってあのゲームを通して勇者になったはずなんだ。だけど彼女は生きることから逃げた。死ぬのは勇気じゃない。彼女はただの臆病者だ。
 ふと、戦闘が下手くそな彼女が何度も何度も倒れるから、何度も何度も蘇生魔法を唱えたのを思い出した。私のMPは、彼女を復活させることにばかり費やされていた。
 現実じゃ、蘇生魔法なんか使えないのに。なんで死んだの。呪文一つで生き返るのは、ゲームの中だけなんだよ。

「……馬鹿みたい」

 これは、彼女の口癖だったっけ。


***
死ぬことに勇気を出すくらいなら、生きる勇気を持ってほしかった。彼女は勇者ではなく、ただの臆病者。
救えなかった私は、悪くない。何一つ。何一つだ。

こっちは第三回 賞賛を添へて、で書き込んだやつです。