複雑・ファジー小説
- Re: 人喰症候群 ( No.2 )
- 日時: 2016/08/15 21:38
- 名前: 朝野青 ◆jodSh4MSQs (ID: 7ZyC4zhZ)
- 参照: なんか全然書き進められないです。
こいつ、頭がおかしいんじゃないか。
いきなり人を殴った薺を見て、私は咄嗟にそう思った。
私達を喰おうとしていた感染者を殺してくれた人。それは私達と同じクラスの山小菜君だった。そんな命の恩人でもあるクラスメイトのことを、薺は殴った。思いっきり。
殴られた勢いで、山小菜君の身体が地面に叩きつけられる。痛そうだと思っていると、薺は仰向けに倒れた山小菜君に馬乗りになって胸倉を掴んだ。もう一方の手を固く握り締める。
「な——っ」
止めようとしたが、その前に拳は振り下ろされた。
「人殺し……!」
人殺し。その言葉を頭の中で反芻させる。
そう、何故だか知らないけれど、薺は感染者の人殺しについてちょっと、いや、かなり敏感なだけなのだ。だから、別に頭がおかしいとかそういうわけではない、のだと思う。
「薺、もうやめなよ」
3発目を殴り終わったところで止めると、薺は握りしめていた手を緩めた。そして、振り返って私の方に顔を向ける。その顔は私が今まで見たことがないほど怖い表情をしていて、少し尻込みする。
「……もう十分だよ」
「……コイツは人を殺したんだよ?」
「……そう、だけど——」
薺が死んだ感染者に視線を向けたので、私もそちらを見る。こんなものを見るのは初めてだから、気持ちが悪い。心臓が大きく音を立てる。まるで耳のすぐそばに心臓があるみたいに。
「人を喰べた感染者は殺しても罪には問われない、って法律が——」
「そんな法律なんだよ」
私の言葉を途中で遮って薺が吐き捨てるように言う。
「感染者だって人間なのに、何でだよ。おかしいだろ、そんなの」
「それは……だって、私達のこと襲ってくるんだよ?」
「だからって殺すことはないだろ!」
何を言えば良いか分からなくなって口を閉ざす。
自分の心臓の音がうるさいし、耳鳴りもしてきた。
「殺らなきゃ喰われるから、殺すしかねぇんだよ」
それまでずっと無言だった山小菜君が口を開いた。驚いて山小菜君を見た薺のことを、山小菜君は真っ直ぐに見る。
「……そんなことないね」
薺が反論する。
「感染者専用の人喰病棟があるから、そこに入院させれば良いだろ」
「そんな所に入院させてどうするんだよ。人喰症候群を治す薬は無いんだぞ」
「これから出来るかもしれないだろ!」
二人の会話を聞きながら、心臓を手でおさえる。感染者が人を喰べているのを見た時からずっと心臓が大きく音を立てていて、胸が張り裂けそうだ。黒い幕を掛けられたかのように視界が悪く、薺と山小菜君の姿が見辛い。耳鳴りがして二人の声も遠く感じる。息苦しくて、息を吸おうとするけど上手くできない。脂汗が全身から出る。
あぁ、これは、また。
ゆっくりと目を閉じる、その一瞬。
薺はこちらに背を向けている。山小菜君と目が合った気がした。
全ての苦しみから解放され、私は地面に倒れ込んだ。