複雑・ファジー小説

Re: 人喰症候群 ( No.4 )
日時: 2016/09/06 23:42
名前: 朝野青 ◆jodSh4MSQs (ID: C5PYK3fB)
参照: がばがば

 とある小さな島。
 そこに、人を喰う人が現れたのが半年前。突如人を喰う人間に皆驚愕し、この島はパニックに陥った。

 数日後、人を喰うようになるウイルスが発見された。名前はそのまま『人喰ウイルス』と名付られ、それに感染した人を感染者と呼ぶことになった。
 それから更に数日経って、感染者は通常の人間よりも力が強く体力もあり、また治癒力は通常の人間とは比べ物にならない程高いことが分かった。感染者を殺そうとした人がバットなどの硬いもので殴ってもあまり効き目はなく、警察が拳銃でその身体に何発も弾丸を撃ち込んでも、死ぬことはなく襲いかかってきた。
 人々は皆、感染者に襲われる恐怖、人喰症候群に感染する恐怖に怯えて過ごしていた時、人喰ウイルスを死滅させる特効薬が開発された。麻酔銃の麻酔の代わりに特効薬を詰めた特効薬銃も作られ、それを使用していった。しかし、感染者にその特効薬を使うと、人喰ウイルスが死滅すると同時に、感染者本人も死に至ってしまうことが分かった。
 それを受けて殺人ではないのかという疑問ができ、感染者を殺すことを反対する人が徐々に現れた。その声は無視できるほど少なくなかったため、人喰症候群についての法律が作られた。
感染者は殺さずに麻酔で眠らせ、人喰病棟へ入院させること。但し、人間を喰った感染者は殺しても良い——というものだ。

「——ゆき、待雪薺。聴いてるか?」
「あっ、はい」

 慌てて立ち上がる。教壇に立った先生が据わった目でこちらをじっと見ている。

「じゃあ、この問いの答えは?」
「えーっと……」

 カツカツと先生がチョークで黒板を叩く。そこには訳の分からない数式が書かれている。
 僕はその数式をじっと見つめて考えたが、全く頭が回らない。

「……分かりません」
「じゃあちゃんと話聴いとけ」

 曖昧に頷きながら椅子に座る。

 今が数学の授業中だということをすっかり忘れていた。
 昨日、感染者を間近で見たショックからか、人喰症候群についてのことばかりを考えてしまっている。もっとも、数学の授業を聴いていないのはいつものことなのだが。

「次、山小菜」

 机に突っ伏して寝ていた山小菜の頭を先生が教科書で軽く叩く。山小菜は顔を上げ、寝ぼけ眼で黒板を見て、のっそりと立ち上がった。

「この答えは?」
「分かりません」

 即答してまた椅子に座って机に突っ伏す山小菜。それを見た先生は呆れたように小さく溜め息を吐いた。

 人喰症候群の感染者が現れてから少しして、感染者を殺すための組織が作られた。昨日、僕達の目の前で感染者を殺した山小菜もその一員なのだろう。
 感染者は人を喰ってきて人間にとっては害悪しか齎さないのだからそのような組織が出来ても自然だ。しかし、感染者だって人間だからいくらなんでも殺すのは酷すぎると思う。そんなのはただの人殺しじゃないか。

「待雪雫」

 山小菜のことを睨んでいると今度は雫が当てられて、僕は慌てて雫の方を見る。雫はというと、窓際の席で外の雲をぼんやりと眺めていた。

「おい、待雪雫。黒板を見ろ」

 そう言われて視線を窓の外から黒板へと移す。

「この答え、分かるか?」
「……分かりません」

 小さな声で呟くと、先生は頭を抱えて溜め息を吐いた。それと同時に授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。

「じゃあこの問いは次の授業の始めに答え合わせするから皆やっておくように! 終わり!」
「きりーつ、礼」

 次は昼休みだ。それまで沈鬱だったクラスが急に騒がしくなる。しかし、先生が「あ、そうだ!」と声を上げたことによって再び静かになった。

「待雪二人と山小菜、今から職員室に来い」