複雑・ファジー小説

Re: 夏祭りが終わる夜 ( No.2 )
日時: 2017/06/03 23:18
名前: リザ ◆wXeoWvpbbM (ID: Me0ud1Kf)

第1話

 夏祭りが終わる夜、僕たちは"出逢った"。

 夏祭りが終わる夜、わたしは君に"出逢った″。

 ーーあの夜を、あの夏を、きっと"死ぬ"まで忘れることは無いだろう。

      * *


 歩き回る人びと、美味しそうな香りを漂わせる屋台、紺色のアスファルト、星が輝く綺麗な夜空。その全てが赤色に染まったように感じた。
 先程まで打ち上がっていた花火は跡形もなく消えて、人々の視線は夜空ではなく地面へ移る。明かりに照らされてるアスファルトは確かに赤く染まっていた。

「ねぇやばいよ……警察と救急車、まだ来ないの?」
「って言うかあれ誰? うちらの学校じゃないよね?」

 ふと後ろからそんな会話が聞こえた。確かに、彼女たちの言う通り警察は救急車はまだ来てない。野次馬が煩くてサイレンが聞こえないだけかもしれないけど。

 人混みの隙間から見えるのは血だらけのTシャツと動かない後頭部。
 彼が持っていたであろうわたあめの袋はボロボロになっていて、描かれたキャラクターも少しだけ赤く染まっていた。

 地面に倒れたその後ろ姿に、私はどこか見覚えがあった。茶髪に白いTシャツを着ている人なんてこの時期になればたくさんいる。だけど、あの彼だけは、他の人とは違う特別な感じがした。

 顔を確認しようと、人混みを掻き分けて私は反対側へと歩く。元々祭りには一人で来ていたので友達や家族などを気にする必要はない。反対側に来て、一人分空いてるスペースを見つけると私は直ぐにそこへ移動した。そして倒れている彼の顔を確認すると思わず息を呑み込んだ。

 その彼は、まだあまり話したことはないけれど、私と同じ学校の生徒だった。昼休み一人で図書室に行ったときに、彼は他の男子たちと鬼ごっこをして駆け回っていたのをよく覚えてる。授業で先生に指名されてもずっと寝ていて起きないで、それでも休み時間になったら元気にはしゃいで——そんな彼、田中健太は私にとって少しだけ気になる存在だった。少しだけ、少しだけ、何か他の人とは違う不思議な感じがする彼は今や道路の上で横になっている。
 ピクリとも動かない田中くんはやっと来た救急隊員たちに運ばれていき、やがてその救急車のサイレンも聞こえなくなる。野次馬たちがその場を離れようとするなか、私はまだそこから動けないでいた。田中くんはどうなってしまったのだろう。ずっと動かないからもしかして——何て、暗い考えはやめよう。気を取り直そうと手に持っていたペットボトルのお茶を飲み干して、勢いよくゴミ箱へ投げ捨てる。ガコン、と音がしたのを確認すると祭り会場の出口の方へと歩き出した。





 月日は流れ、あっという間に9月になった。私が思っていた不安は的中して、始業式の校長先生の話はほとんど田中くんのことだった。クラスメートと言うことでショックは大きいけれど、正直まだ実感がわかない。今すぐにでも教室の扉を勢いよく開けて入って、泣き腫らした皆の顔を見て笑い飛ばすんじゃないかって思ってしまう。

『まーみやちゃん』

 そんなことを考えていたからか、ふと、田中くんの声が聞こえたような気がした。のんびりとした明るい声。私のことを勝手に間宮ちゃんと呼んでいたのか、何て思いよりも懐かしさや悲しさが込み上げてきた。ここに彼はいないのに。もう彼は戻ってこないのに。

『ねぇ、俺のこと無視してる? 気づいてるよね? 間宮ちゃん、話を聞いてよ』
「…………は?」

 思わず言い返してしまった。
 先程までの悲しんでいた気持ちが嘘みたい。——死んだはずの田中くんは、今や私の目の前にいる。夏祭りの夜見たTシャツの姿で彼は呑気に自分の机の上に座っていた。