複雑・ファジー小説
- こんぺいとう ( No.19 )
- 日時: 2016/09/28 22:48
- 名前: 亜咲 りん ◆1zvsspphqY (ID: hd6VT0IS)
そっと青いイヤフォンを耳につけて、スマホを操作する。流れてくるのはクラシック。鉄琴(Glocken)の音がどこか不思議な雰囲気を醸し出す、美しい音楽だ。
世の女性もみんなこうであればいいのに、と何度思ったことだろう。
女性たちは、下品に笑い、粉を塗りたくってその顔をさらに醜悪に魅せる。
この世で美しいのは、彼女だけだ。
**
まっすぐに見つめられた瞳は酷く虚ろで、光が無い。はじめは事後のせいかと思ったが、しばらくしてもそのままなので、僕は彼女にのしかかったままの姿勢で彼女に話しかける。
「今日は何の情報がほしい?」
彼女の体がぴくりと震え、ようやく目に光が戻った。やっと自分の置かれている状況に気づいたようで、急いで起き上がり、白い布団で身体を隠す。アイプチの効力が切れ始めたのか瞼が変になっていて、僕は思わず笑ってしまいそうになってしまった。
「……なぜあなたは影山さんのことが好きなの?」
「そんなことでいいの?」
ふんっ、と鼻で笑う。
もうこうやって肌を重ね合わせるのは3回目だろうか。1回目の「なぜ」はこの行為についてだった。まあ、僕がそう解釈しているだけだが。
2回目は「なぜ、有栖川くんと影山さんは毎日一緒に登校してくるのか」だった。それには、「一緒に住んでいるから」と答えた。案の定、彼女は喚き、うるさかったので、「2人は姉弟だから。それも血の繋がない」と付け加えた。それで少しは納得してくれたようだったから、これ以上の説明はいらないだろう。
「僕が影山さんを好きな理由? 簡単だよ。綺麗だからさ」
僕を受け入れてくれた彼女に対して、最大限の感謝を込めて僕はその質問に答える。
「……やっぱり見た目?」
「当たり前じゃないか。僕も男だ」
それに、と一旦口を閉じる。これを言えば、お前は変態か、と言われてしまいそうだな、と思ったが、はっきり言ってやる。
「彼女だけが、僕にはっきりとした嫌悪感を向けてくるんだ」
「……あんたって、どM?」
やっぱり、そう言われると思った。僕は苦笑した。
ちらり、と白い壁にぶら下がった時計を見ると、すでに時刻は7時を回っている。
「今日はこれで終わり。折角だから、夕食でも食べていくかい?」
「別にいらない。帰る」
「おー、辛辣」
まるで汚物を見るかのように僕を見つめ、彼女は服を着ていく。だったら来なければいいのに、彼女はかれこれ3回も僕の家に来ている。
なんだよ、君こそドMじゃないか。
くっくっ、と笑いを我慢している間に、彼女は僕の家を出ていってしまっていた。
「……淋しいなぁ」
ぽつり、と呟いてみる。家には親もいない。僕はこれで、いつものように、1人きりだ。
青いイヤフォンを耳に押し込んで、静けさを部屋の隅に追いやる。スマホを操作して、お気に入りのあの曲を流した。
どこか軽やかに鈴の音のような音をたてて、鍵盤が踊る。静謐で、荘厳で、凛々しい。まるで、彼女のように。
今日僕と寝た女が、みんな大好きタンポポだとしたら、あの彼女は高貴なバラだ。噎せ返るような美しさと、雪のような静けさを持った、遠い人。
きっと、くるみを割っても同じものは出てこないだろう。
「……はは、意味わかんないや」
ため息を吐きながら、僕はベッドにもたれかかった。だんだんと、思考が変になってきている。好きでもない奴とセックスをしたからだろうか。心の中では彼女を思い浮かべてしまう。
違う、僕が欲しいのはお前じゃない。
「全部全部、アイツのせいだ」
そう、全部アイツのせいなんだ。
アイツは彼女と暮らしていて姉弟で毎日一緒に登校してきていて小さい頃一緒にお風呂も入っちゃったりとかきっとしていてこの間なんか叫ぶ彼女をアイツが看病していたんだ、、、あああああああああああああう。
1週間前のコンビニでの彼女の顔は、滑稽だった。僕はチェシャ猫だから、君がどこにいるのかも、何をしているのかも、すぐわかる。ほら、今も。
と思ったら、どうやら僕の耳は外されてしまったらしい。さっきから何も聞こえない。
「そうだ、良いこと思いついた」
どうしたものか、と悩んでいた僕のところに、ひらめきの神が舞い降りてきた。にいい、と笑って、1人で頷いてみる。外されてしまったのならば、またつけ直せばいいのだ。僕って頭が良い、と自画自賛してしまいそうになった。
今日も目を閉じて、彼女の姿を想像しながら夢を見る。
僕が彼女の白い脚に触れられないのも、プラチナブロンドの髪に触れられないのも、いろんなことや、そんなこともできないのは、一体誰のせいだろうか。
「赤髪……」
お前が、憎い。
- こんぺいとう ( No.20 )
- 日時: 2016/09/30 22:36
- 名前: 亜咲 りん ◆1zvsspphqY (ID: hd6VT0IS)
そもそも赤髪とは、会ったことも話したことも無い。
だが、一目見てわかる。コイツは違う世界の人間だ、と。整った顔立ちと人当たりの良い性格。赤髪はいつも太陽の下にいた。
だからといってどうってことはないし、彼女さえ関わってこなければ、僕がアイツを恨むこともなかっただろう。アイツはいつでも、彼女の隣に我が物顔で座っている。
唯一の救いは、彼女がまだ恋心を抱いていないところだ。このまま、2人の糸を切り裂きたい。そして、僕の糸と繋ぎ合わせるのだ。
「……い、ち……だ」
遠くから声が聴こえる。男の声だ。うるさいな……僕は彼女の声でいつも起きているというのに。
「おい、千代田!」
耳元でダイレクトに叫ばれ、ばっと飛び起きる。あれ、ここは……教室?
「俺の授業中に寝るとは良い度胸だなぁ……」
「……それほどでも」
「褒めてなああいっ」
叫んだ超本人である男がはあ、とため息をつく。黒板には、なにやら数字やらグラフやらが白いチョークで書かれている。そうか、今は数1の授業か。ということは、今俺の前にいる男は、このクラスの担任の水谷だ。
「昼休みに職員室まで来ること」
整えられた眉をつりあげて、水谷は僕に言い放った。
「はーい」
「間延びしないっ」
「はいはーい」
ははは、と僕の笑い声だけが響く。普通なら、こんなことがあればくすくすといった軽い嘲りの笑い声が教室中で交わされるはずなのだが、そんな様子はまったく無い。
水谷はまたため息をついて、くるりと黒板の方へ引き返しはじめた。
「最近ずっと寝ているが、どうした?」
「いや、別に」
僕は苦笑い気味に首を横に振った。
職員室は満杯で結局、苦労して探し出した空き教室で僕たちは話をしている。じゃあやらなきゃいいんじゃない? という僕の主張は即座に却下された。かなしいかな。
「寝不足なのか?」
「いや、別に」
眉をひそめる水谷に、僕はまた同じ答えを返す。だって、女の子と一緒に寝ているだなんて言えないし。
水谷は腕を組んで、またため息をつく。ため息をつくと幸せが逃げていくんですよー、と言いたかったけど、結局言わなかった。
「……まあいい。どうせお前の成績が下がるだけで、俺の不利益にはならねえからな」
「わー、教師の言葉とは思えなーい」
「教師だから一応注意してやってんだよ」
水谷は声が大きい。鍵も閉められた空き教室で、彼の声はうるさかった。
ふいに水谷は教室の窓を開け、ポケットからタバコとライターを取り出す。そして窓枠に腕をのせ、手馴れた手つきでタバコに火をつけた。
「……あなた、本当に教師ですよね?」
「おうよ。教師はお前みたいな奴に振り回されて疲れてんだよ」
「むしろこっちが振り回されている気がしますけどね」
本当に、良い迷惑だ。はやくお昼ご飯を食べたい。
しかし、それっきり沈黙が続く。僕が授業中に寝ているのはいつものことだし、寝ているなら寝るな、と注意するしかないのだ。
女子に人気だという精悍な顔つきとタバコの煙。どこか憂いげに空を見つめる水谷の姿は、紛うことなき「大人」だった。
タバコ、酒、女。考えてみれば、「大人」には娯楽が多い。
タバコも酒も、子供がすれば警察に補導される。それに、味も対して良くないし、「大人」たちがなぜそれらを好むのか僕にはわからなかった。
けれど、女だけは別だ。子供が唯一味わえる愉悦であり、もっとも有効な娯楽だと、僕は思う。
僕たち人間は、なにかに縋りつかなければ生きてゆけない。僕にはそれが彼女、水谷にはそれがタバコだっただけのことだ。
「そういえば千代田、クラスの奴らとは上手くやってんのか?」
「お陰様で」
「嘘つけ。お前の日頃の姿とあの空気見りゃわかる」
ふうー、とタバコ臭い息を空に吐き出して、水谷は僕を見る。胡散臭いように見えて、意外に鋭い男だ。
「あっちから話しかけてこないので、仕方がありませんよ」
「あのなぁ、たまには自分から話しかけていくことも大事だと思うぞ」
「心に留めておきます」
留めておくだけですけど。
案の定、水谷は訝しげにタバコを咥えたが、また青い空を見始めた。そのまま何も喋らないので僕がドアを開けて外に出ると、
「あんま無理すんなよ」
とのことだった。
**
ピー。
「もしもし。やあ、元気だよね? それは良かった。君が元気じゃないと僕は困るんだ。いつもいつも不健康そうな顔をしているから心配してるんだ、すごく。あ、君のことをブスと言ってる訳じゃないんだよ。勘違いしないでね。彼女と比べたら君が劣るのは当然だから。それに、僕の親は医者だから薬なんかいつでもあげる。あ、でも死んじゃうお薬だけはやめて。睡眠薬とか飲んで死なれたら、僕は誰かを殺してしまうかもしれないもちろん冗談だけど。麻薬なんかも駄目。子供がそんなもの飲んじゃいけないって、大人に習ったよね? 僕らに許された娯楽はセックスだけ。子供はまだ大人にはなれないんだ。時々ね、僕はどうして大人になれないんだろうって思うんだ。大人になればタバコもお酒も女だって味わえるのに子供は駄目だって言うんだよ酷いよね。身体だってもう大人なのに。え、身長? 僕の家系は小さい人間ばかりだからねえ。これ以上は望めない気がするよあははははだから背の高い人間は死んじゃえなんて思ったり? やだなぁアルくんを殺したりなんかしないよ。君が死んじゃってもそれだけはしないって約束する指切りげんまん。もし破ったら僕の指を切り落としていいよ。赤い血なんてもう見慣れているしとても綺麗じゃないか。もしかしたら失血死するかもしれないけど、そのときは僕はもう死んじゃった後だからそんなことどうでもいいよねあはははははは
ところで君に大切なお願いがあるんだけど、いいかな?」