複雑・ファジー小説
- Re: ガラスの靴に、接吻を。 ( No.39 )
- 日時: 2016/11/23 20:49
- 名前: 亜咲 りん ◆1zvsspphqY (ID: Fbf8udBF)
- 参照: https://mobile.twitter.com/little_by_litte/status/801387374395568128/photo/1
〇 epilogue
*
__「人を殺してみたかった」終わらない少年犯罪の行方
先月**日、〇〇市の閑静な住宅街の片隅に位置する平和な公園で、悲劇は起きた。
午後6時03分ごろ、住民からの通報を受けて△△公園に駆けつけた警察官が遺体を発見、近くのナイフを持った少年T(16)を連行。少年Tはその後、犯行を認めた。被害者はその後救急搬送され、県内の病院にて死亡が確認された。凶器はナイフで、被害者の顔は原型を留めていないほど、切り刻まれていたとのことだ。なお、被害者の女性は少年Tと同じ、県内の公立高校に通う学生だった。
少年Tは殺害の動機について、「彼女のことが好きだったから」「殺したくなった」などと供述している。さらに先月▼日に起きた殺人事件についても容疑を認めており、同様に「人を殺してみたかった」と供述しているとのことだった…………………
少年犯罪は減少の傾向にある、との見解もあるが、我々にはとてもそうは思えない。特に、最近の事件からは、凄絶な残虐化が見られるように思う。今回の事件でも、「人を殺してみたかったから」ということだけで、顔を切り刻むなどという残虐な行為を成立させる理由になるだろうか。
家庭環境や……………………………
なお、少年Tは家庭裁判所の審判の結果により少年院へと送致されたが、獄中で首吊り自____________
そこまで記事を読んだところで、俺は週刊誌を投げ飛ばした。くそったれ。そしてなぜか、近くの砂場で遊んでいた子供の頭にクリーンヒットする。
「あ、ごめんな……」
慌ててベンチから下りて砂場に近づくと、5歳くらいの女の子が不満げに口を尖らせながら雑誌を俺に差し出す。真っ白な肌が眩しい女の子だった。思わず目を細める。彼女の姿は、初めて彼女と会ったときのことを思い出させた。もちろん彼女と違って黒髪で、顔も整ってはいるが違う顔だ。それでも思いを馳せる。もう会えないところに行ってしまった、天使のような、女の子に。
雑誌を受け取り、小さくお礼を言ってベンチに戻ろうとしたとき、少女が突然、
「おじさん」
と尋ねてきた。鈴の鳴るような声だった。
「……あのねぇ」
俺はまだ高校生だぞ、と笑ってみせる。すると、まだあどけない可愛さの残る少女は、
「だっておじさん、おとうさまによく似ているんだもの」
「お父さん?」
首を傾げる。なぜここでお父さんの話が出てくるのだろうか。まさか、俺がそれくらいの年齢に見えるとでも言うのだろうか。失礼なお嬢さんだ。
「おとうさまは……私のせいでこの世で1番大切なものを失ってしまった、可哀想な人なの」
息を呑んだ。大切なもの。俺が……失ったもの。姉。彼女。……エルフ。少女の真っ黒な瞳は、何もかもを見透かしているかのようだった。
「君は……」
「白雪お嬢様ー!」
少女に伸ばそうとした手が、その声で動きを止める。ひらひらとしたエプロンを着た優しそうな女性が不審そうにこちらを見つめながら、少女の手を握った。お母さんにしては随分と他人行儀だった。
「愛子さん、大丈夫。この人はただ疲れているだけなの」
少女が女性にそう伝える。女性はより一層顔を顰めたが、少女の頭を愛おしそうに撫でて、「行きましょう」と手を引いて歩き始めた。
「待って」
少女がくるり、とこちらを振り返って、ぽつりと呟く。
「私ね、償わなきゃいけないの。お父さまに。だから、生きてゆくの。だから」
あなたも精一杯生きて。そう言い残して、少女は去っていった。糸が切れたように、ぽろり、と何かが溢れ出てくる。不思議な少女だった。
エルフが殺されて、数日、いや数週間が経った。俺は学校に行っていない。
現場に残っていた犯人は捕まり、刑が下されるはずだった。おまけに彼はあの豚野郎も殺していやがったらしい。死刑になるんじゃあないかと、期待していた。しかし彼は一切許しを請うことなく、自殺した。こころの底から殺してやりたいと思っていた。とんでもない重罪のため、どうせ開かれる法廷で殺してやろうと思っていた。なのに、彼は死んでいったのだ。
ベンチに座って、タバコに火をつける。汚ぇ煙がどこか心地よい。足下には酒カンが転がっていた。もうどうでもいいんだ。自分の体なんか。死んじまえばいい。壊れて、ぼろぼろになって、天は俺を連れていってくれるだろう。エルフのところへ。
ふぅ、と煙を吐き出して、あの夜のことを、思い出す。エルフの白い肌には数々の虐待の痕が痛ましいほどに残されていて、彼女がこれまでどんな人生を送ってきたのかがやっとわかった。俺はその痕の一つ一つに接吻をして、その冷たさを奪い取った。あいつの痛みは、俺の痛みだから。
なんて幸せな夜だったんだろう。これからも、痛みを共有していけるのだと思っていた。だけど、エルフはこの世にはもういない。
事件当時、現場には雨が降っていた。雨が全てを洗い流して、真相を有耶無耶にしてしまったような気がする。そんな疑惑を晴らすようにか、今日の天気は雲一つない快晴なのだった。
「……死にてーよ」
お天道様に向かって、呟く。死にてぇ。でも、俺は生きなければならない。死んでしまった人の分も生きねばならない。俺は人間だ。エルフは……骨。もう動くことのない、人形。
『生きて』
少女が悲しげな瞳でそう言ったとき、俺は気づいた。死ぬことに意味など無いのだと。人は死んだらどこへ逝くのか。誰も知らない。もしかしたら何もないのかもしれない。だったら、何もかもがあるこの世に留まっていた方が、ずっと良い。苦しくても、戦い抜かなければならぬ。
「……生きてーよ」
涙がとめどなく溢れてくる。悲しい。淋しい。わかっている。会えないなんてことは。それでも諦めきれない。死にたい、死にたい。生きたい。生きたい!
「留衣くん」
そのとき、涼やかな声が響いた。顔を上げれば、プラチナブロンドの髪と、白い肌。誰だろう。彼女によく似ている。
「すきよ」
そう言ってそのままぎゅ、と抱きしめられた。今にも崩れそうなほど、華奢な身体。小柄なその身体は明らかに彼女とは違ったが、その声と髪が、彼女に酷く似ている。そのまま恐る恐る背中に手を回すと、エルフの匂いがした。
「エルフ……?」
「うん」
こくり、と頷く。プラチナブロンドの髪が、俺の肩に絡みついて離れない。違う。何かが違う、と本能が叫んでいる。だけど、同じだ。帰ってきたんだ、俺のたからものが。
「俺も、すきだよ」
そう言って、彼女の白い頬に触れる。彼女はにこりと笑うと、一筋の涙をつ、と流した。
今はもう、それでいい。
「さあ、溺れよう」