複雑・ファジー小説
- Re: 七夜、八夜【SS】 ( No.3 )
- 日時: 2016/09/28 14:39
- 名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: rS2QK8cL)
「知ってるか? 今この時は、あっという間に過ぎてくんだぜ」
「急に何?」
両手を広げて話す相田和馬に、また始まったと言わんばかりに嫌そうな顔をして、三野駿太が返す。始発電車に乗っているのは二人だけで、声の大きさを気にせずに話していた。
「なんつーかさ、俺らって若いじゃん? まだ中学生だからってふざけてたら、あっという間に大人になると思ってさ」
和馬の言葉に、「それもそうだね」と肯定する。ただ朝五時に話す内容なのか考えると、別に今じゃなくてもいいだろうと感じられた。
そんな駿太の考えを知らない和馬は、得意げになって話を続ける。
「だから今しか出来ねーことをやんねーといけない気がしてさ。夏って、ハメ外す季節じゃん?」
「いや、それは違うだろ」
「でも電車乗ったんだから、俺とどーるい」
「まあ……たしかに」
にやっと笑う和馬に、駿太はため息を吐く。二人がわざわざ始発に乗っているのは、夏休み初日に和馬が考えた計画を実施するためだった。
なんど駿太が反対しても、一度決めたら頑固な和馬は聞き入れなかった。本当は来たくなかった駿太だったが、和馬を一人にするくらいなら一緒に怒られようとわざわざ来たのだ。
「この時間に学校行っても無駄な感じするけど」
「人がいないうちに外から見えないとこにするんだよ。んで、さっさと裏から帰る!」
「うわー……巻き込まれる俺の身になって」
「だから、駿太が付いてきたんじゃん」
今日のアナウンスは機械ではなく、鼻声気味の車掌のものだった。ワンマン列車の最後尾に座る彼らは、不規則に揺れる車内を前へ前へ進んでいく。
楽しそうに歩く和馬と違い、駿太は何度もあくびを噛み殺していた。夏休みに入って一週間、宿題をすべてこなした駿太は昼夜気にせず映画を観ていた。
大学生の兄から渡された海外ポルノ、グロテスクなもの、ホラー、ラブロマンスなど節操無く観ては、その感想をブログに書き留めていた。
初めこそ趣味の範囲であったが、ブログを書き続ける間にファンが増え、今やブログを更新する度に様々な反応が得られるようになってしまっていた。そうなってしまうと後は義務感。書くために観て、見られるために書く。
「まだあのブログやってんの?」
大きなエナメルバッグを肩にかけたまま、後ろを見ないまま和馬はいう。聞き様によっては馬鹿にしているように感じられるが、長い付き合いの駿太は慣れていた。
和馬は自分に興味のある事が全てで、それ以上でも以下でもない。
「うん。おかげさまで寝不足だよ」
「だろーな、クマやべーもん」
停車した電車から降りる。定期の更新を忘れていたが、日付の下一桁を指で隠し何事も無かったかのように。そんな和馬の姿を見て、駿太は呆れ顔をしていた。
堂々と進んでいくものだから、怪訝そうに和馬を見る駅員さんも声をかける事は無かった。得意気な顔をして改札を通過し、簡素な駅から一歩踏み出す。
「今何時」
「えーっと……六時十分ちょっと」
同級生のほとんどが持っていないスマートフォンで時間を確認する駿太を、和馬はじっと見ていた。和馬がいなければ、駿太はいじめの被害に遭っていた可能性があったためか、和馬は過保護気味になりつつある。
「俺あげた腕時計は? 安もんだけど」
まばらに人が往く大通りを進む和馬の背中に、「大事に飾ってる」と駿太は答えた。思わぬ回答にため息を吐いた和馬だが、思いまでは駿太に届いていない様子だ。
駿太からしてみれば、親友から貰ったものは身に付けるのがはばかられ、大切に取っておく以外選択肢がない。和馬はそうした傾向を知っていながらも、淡く期待をしていた。
「お前にそんなつもりなくても、他の奴らは見せつけられてるって感じてんぞ」
「うーん……好きに言わせておいていい気がするんだよね」
他人に理解される必要がない事。そう、夏休みに入る前駿太は言っていた。和馬にとってはどうしようもない事だったが、どうにかしてやりたいという気持ちがある。
駿太は昔から対人関係の場において、何も期待していかなった。虫一匹に刺されても、ある特定の種の一部を嫌いになるだけで、すべてを嫌いになる訳では無いのと同じ。人一人に嫌われようが、ほかの全ての人間に嫌われる訳では無い。
だから、中学という特殊な環境下で進行形に害を被っている。けれど、見えないところに隠した傷痕にさえ、駿太は期待していない。その事も、和馬はすべて分かっていた。
通っている中学校の正門をぬけ、堂々と生徒玄関から中へ進む。朝早い時間にも関わらず来たのは、おじいちゃん事務員さんが扉を開けていると知っていたからだった。
「な?」
「……さすが。こっからどうするの?」
おじいちゃん事務員さんは朝一で校内を見回り、一度帰宅する。その時に施錠されてしまう事も、和馬は把握している。
外靴を手に持ち、上靴と別に持ってきたスニーカーを履いた。出席番号順に並べられた上靴は、帰りに確認されるのだ。
中央階段を上り、自分達の教室を目指す。南側に面した教室には、まだ影ばかりが存在していた。もう事務員さんはいなくなったのか、静まり返る三階が妙で不思議な感じがする。
階段側、手前の扉から「2-3」と札のかかった教室は、当たり前だががらんとしていた。普段はどのクラスよりも騒がしい教室も、休暇中なのかと駿太は思った。そもそも教室に休むという概念が無いことも、迫り来る睡魔と高揚感で忘れてしまっている。
「んじゃー作戦会議すっか」
たった二人だけの作戦会議が始まった。手始めに事務員さんが帰った後、職員室でマスターキーを手に入れる。職員室に行くまでにセコムもあるが、事務員さんが一度解除したらそのままにしていくことも、リサーチ済みだった。
「——って感じ、どう?」
「それだけ?」
「刻みつけようぜ。強気でさ!」
「……本当、ついてこなければ良かったよ」
静まりかえった校内、駿太と和馬だけを残して息を止めていた。小さな衣擦れの音が、何倍にも膨れ上がって聞こえる。
緊張と興奮で、二人の身体は小刻みに震えた。武者震いだと笑う和馬に、駿太は笑う。クラスの誰にも見せない、屈託のない笑顔だ。
誰もいない校舎を、上へ上へと行く。鍵はあらかじめ和馬が外していた。扉を開け、まだわずかに冷える外気を感じ、身震いする。
どちらからともなく手を繋ぎ、潰れそうになる心と戦いながら、屋上の縁に立った。小さなグラウンド、すぐそこにある真っ青な空。和馬か小さくため息を吐いた。
「んじゃ、行くべ」
「よくこんなこと思いつくなー」
「俺のいいとこっしょ」
愉快そうに話す和馬の手は、強くかたく駿太の手を握っている。そしてまた、どちらからともなく、空をつかむために大きく飛び上がった。
□僕らつぶ色の日々を過ごす
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淡い粒は濃く色を刻み込んだ。
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