複雑・ファジー小説
- Re: 馬鹿にリズムを取らせたら ( No.2 )
- 日時: 2016/09/28 16:00
- 名前: ナカヒロユキ ◆ZPN.oSAN/A (ID: QrFqqwfB)
02. accelerando
有朱 深陽の突然の死は、僕に二重、いや三重の衝撃とショックを与えた。
当時まだ14歳だった僕からしてみれば、知り合いの、ましてや同じ年齢の幼馴染みの死ぬ瞬間すら想像していなかったのだから。
それだけでも僕には充分すぎる程の出来事だったのだが、それを上回る程度には、深陽の死体の状態は最悪だった。
森の中で転がっていたそれは、両手両足は全て何かに噛み千切られた様な跡を残していて、それらは依然一本も見つかっていない。裂かれた腹からはミキサーで掻き回された如く、ぐちゃぐちゃの、しかし数少ない内臓が飛び出ていたし、首から上も忽然と姿を消していた状態だった。
この不可解な事件は、表向きは『野生動物が歩行中の少女を襲った事故』とされ、過度に注目もされず、騒ぎ立てる事も無くなった。警察も既にこの事件の捜査は諦めているも同然で、結局は都合の良い様に収めてしまっている。
だが、僕の知っている有朱 深陽は、聡明な人だ。無論、夜に森に入るという行為がどれだけ危険な事かも判別出来ていた。そして何より、人並み外れた洞察力と知識を持っていた彼女の事だ、僕達が予想出来ない事まで、きっちりと予測し、危険を回避するに違いない。
とまぁ、断言する証拠が無いのが残念だけど、実際、遺っているのは無惨な死体のみ。僕だって主観を除けば、世論と同じ結論に至ってしまうだろう。
それでも僕が未だにこの事件の事を引き摺っているのは、恐らく、少なからず有朱 深陽という人物に惹かれていたから。この感情をあの時に自覚していれば、深陽を護れたかもしれなかった希望だったが、今となっては遅すぎる、腐敗しかけた願いと変化しつつある。
この願いを抱いたままの僕の身の未来は、多分、朽ちる。肉体的にではなく、精神的な死が、刻一刻と歩み寄る様に、願いが完全に落魄して、蝿が飛ぶ様な代物になる頃には、必ず。その時が来るのは、数年後かもしれないし、一週間後、或いは今日かもしれない。
だから僕は、その時、未練なんて遺さない為に、喰いたい人を喰って、後悔無く日々を過ごす。
そんな後悔の無い一日の半数を終えた合図のチャイムが、どこからか耳に入ってきた。
教室を後にすると、何やら外が騒がしい。肺活量豊かな運動部員達が奇声を発している様に聞こえたが、まさかあんな大人数の学生が薬物でラリってる訳じゃあるまい。
ふと目をやると、普段は校舎に残っていない、ジャージを着た陸上部、ラケットを持ったテニス部員、ボールを抱えたバスケ部員が紙束を持った状態でちらほら見受けられた。よくよく見ると紙束は部員募集のチラシで、あー、そうかー、もうそんな時期かー、等と帰宅部の僕は、無縁の青春への切符を配っている部員を尻目に呑気に歩く。
廊下の掲示板にも、文化部の部員募集の紙が乱雑に貼られている。まぁ、僕はもう3年だし、部活などは始める気力も余裕も無い。いや、ただ単にやる気が無いのかもしれない。仮に1年に戻ったとしても、部活勧誘などガンスルーだろう。
昔流行ったカードゲームのキラカードの如く輝く青春のチラシ(少なくとも僕には眩しすぎる様に見えた)に見送られながら、僕はやっと下駄箱について、靴を履く。部活無所属の生徒は少数の為、ここは大分静かで、奇声……じゃなかった、勧誘の声も聞こえない。
聞こえるのは、校門まで続く、桜並木が風に揺れる、掠れた様な音。高三の男子がこんな事を言うのもどうかと思うが、玄関から続く、墜ちた花弁が絨毯みたいで、とても鮮やかなもので、割りとこの景色は好きだ。
すると、鋭利な風が僕の図上を翔る。僕でさえ反射的に眼を閉じてしまったのだから、桜の花弁はひとたまりも無いだろう。
そう思って、僅かな落胆を胸に瞼を抉じ開けると、そこには、僕の想像していた無惨な風景は無かった。
風によって撃墜された、数多の花弁。それを纏う様に佇んだ、一人の女子。
それだけで充分絵になる光景だったのだが、僕の思考は停止した。というのも、その女子の顔は。
「深陽……?」
そう、有朱 深陽、そのものだったのだから。