複雑・ファジー小説
- Re: 馬鹿にリズムを取らせたら ( No.3 )
- 日時: 2016/12/10 13:44
- 名前: ナカヒロユキ ◆ZPN.oSAN/A (ID: ezAGn.q4)
03. brumeux
僕の呟きが聞こえたのか聞こえなかったのかは分からない。だが、有朱 深陽の顔を持った、目の前の人物の眼は、僕をハッキリと捉えている。
視線がかち合い、互いに一瞬ではあるけれど、微かに眼を見開く。僕は驚きと懐かしさ故に、女生徒は興味故に。
「ねぇ」
爛々と紫の眼を輝かせながら、その少女は何の躊躇も無く、僕に言葉を投げ掛ける。
僕が瞳だけで応答すると、少女はすっ、と滑らかな動きで僕の前に立ち、………何故か、片手を掌を空に向けて、突き出した。何だ、この奇妙な動作は。
「お腹空いたから、貴方、お金か食べ物くれない?」
……前言撤回だ。こいつは、言葉を投げ掛けるどころか、言葉を弾丸の如くストレートにぶん投げてきた。
そんなこんなで。
学校近くの公園のベンチでパンやらスナック菓子やらを頬張っている少女を、隣から呆れ半分に見やる。因みに、全て僕の奢りである。お陰で、生徒から重宝されている学校近辺のパン屋のバイトのお兄さんからは憐れみの目で見られたし、これでは足りないと言った彼女が向かったコンビニでは棚の菓子を買い占めた為、レジのおばちゃんから奇異の目で見られた。
十種類以上は確実にあったパンは、先程最後の一口が少女の胃の中に吸い込まれていき、その手で残り少ないスナック菓子の封に手をかける。
「でも貴方も物好きだねー、見ず知らずの人に食べ物を奢ってくれるなんて。相当なお人好し?それとも女に貢いじゃうタイプの人とか?」
口に菓子を放り込みながら軽口を叩く彼女。見れば見るほど、有朱 深陽が成長した姿に見えてくる。中身は別として。
「少なくともパンを十数種類、菓子を棚買いさせる様な人を僕は女性と認めたかないよ。
というか、今更だけど、僕は君の名前を知らないんだけど」
僕の隣の大食い少女は、セーラー服のリボンの色からして、2年という事がわかったが、名前を知らないのは些か不便だ。
「夏月 瑳夜。君は?」
少女……もとい、夏月 瑳夜は、惜しげもなく名前を明かし、僕にも名を名乗る様に振る。勿論、僕も名前を名乗る位どうという事は無い。だけれども。
「守郷 夕麻。一応奢ってあげたセンパイなんですケドね、僕は。敬意を払うとか無いんですかね」
僕は体育会系の人間では無い。即ち、上下関係もあまり気にしないタイプである。『普通』なら。
だが、今回はどうだ。奢ってあげた挙げ句、タメ語とか、僕のプライドが真っ二つ、いやいや、粉々になってそこら辺の砂利に混ざってしまう。
すると、夏月は空になった菓子の袋を逆さにしながら言った。
「えー、だって年齢的には同じ歳だもん。言ってなかったっけ?私、2回目の高2だよ、ホントなら君と同じ3年だったんだけどさ」
え、と僕が驚愕の言葉を発するよりも先に、夏月は言葉を続けた。
「私、去年になって此処に引っ越して来て、始業式の日に事故に遭ったんだよねー。
それで、半年位かな?意識が無かったらしくてさ、目覚めたら秋よ、秋。
目覚めたら目覚めたでリハビリやら検査やら色々あって、結局学校に行けなかったって話。
あ、私の頭が残念な訳じゃ無いんだからね!?」
コイツの頭脳が残念かどうかは置いておくとして、あまりにも軽い調子で言われたが、事情は相当重いのではないだろうか。
だが生憎、僕は夏月に同情したりはしないし、彼女もそれを望んだりはしないだろう。所詮、過去の事なのだ。
そういう意味でも、僕は夏月とはソリが合わないだろうとも思う。未だ過去の事件に縋っている僕と、終わった事と割りきる夏月。
短時間でこれ程解析するという事は、夏月が分かりやすいのかそれとも僕がただ単に死ぬほど暇なのか。うん、きっと後者だ。
夏月が最後の一口を飲み込むと、ようやく満足した様に立ち上がる。コイツの食いっぷりを見ていたら、僕も腹が空いてきそうだ、と思っていると、夏月はベンチに座った僕の前に仁王立ちをする。
すると、おもむろに右手を差し出す。……あらやだなにこれデジャヴ?まさかこの期に及んでまた何か巻き上げる気ですかコイツは。
「食べてばかりだから喉渇いてきちゃった。2リットルの水買ってくるから、お金」
そのまさかでした。
このド畜生がーー!!と叫ばなかった僕は誉められても良いと思う。