複雑・ファジー小説

Re: 馬鹿にリズムを取らせたら ( No.4 )
日時: 2017/01/21 17:36
名前: ナカヒロユキ ◆ZPN.oSAN/A (ID: kwnhES1m)


04. einmal

 夢を見た。

 人間の四肢を喰いちぎり、溢れた血液が唇から滴り落ちる。肉の感触、血の香りは脳に直接語りかけてくる様にリアルなのに、自分以外の悲鳴こえは聴こえない。

 首から肺の皮を掴み、緩慢ながら乱雑に剥ぐと、そこには不規則に蠢き続ける、赤い心臓。

 自らの喉が音を鳴らす。閑寂な世界に、血肉を貪る喧騒な旋律が響く。それを嗤う訳でも、嘲る訳でも、憐憫を抱く訳でもなく、ただそれを奏で続けた。

 未だ足掻き続ける心臓を引き剥がそうと手を伸ばす。伸ばしたのだが。

 見てしまった。喰らい続けた血肉の持ち主、その顔を。

 伸ばした手を止める。だって、その顔は。


***

 そこで僕は夢から醒めた。

 何て事の無い、僕にとっては悪夢とも呼べない、些細なものだ。

 一応訂正しておくが、僕が人間を生きたまま食べたのは、最初だけだ。夢の中の様な食べ方はもうしていない。
 夢は記憶整理、とはよく言ったものだ。大方、一番明瞭な記憶と、最新の記憶が組合わさって映し出したのだろう。……幼少期で一番鮮明な記憶が、食人の記憶というのもどうかと思うけど。

 あれ、記憶の整理というより混濁してないか?事態を余計ややこしくしている感じが半端無いぞ、僕の脳。

 そんな脳内会話をして、僕はのそりと起き上がり、身支度を始める。
 今日は、夏月に金銭を返して貰うという大事な任務があるのだ。




……そう意気込んで、何が何でも夏月を見つけ出して要求を叩きつけるつもりでいたのだが。

『あ、昨日ぶり。元気に生きてた?』

 背後から聞こえた、聞き覚えのある声。一日会話しただけで分かる、独特な言葉のチョイス。明るいんだか軽いんだか馬鹿にしてるんだか判別しづらいテンション。

 間違いない、背後のコイツは昨日僕からぼったくっていった夏月そのものだ!

『勝手に殺すなよ、朝から縁起でもない事言わないでくれ』

 僕が振り向くよりも先に、背後の人物は軽い足取りで正面に回りこんできた。やはりその人物は夏月で、やけに軽そうなスクールバッグを片手に携えている。コイツ、新学期始まったばかりなのに置き勉してやがる。

『縁起とか気にする方なんだ、何か意外。
知らない人に食べ物奢ってくれたりお金貸してくれるから、てっきり自分のルールに従う、ゴーイングマイウェイな人かと』

 我が道を往く人でも、そこまで都合良くありません、なので昨日のお金を返してくれ。

『ええー、あれお金かかるの……?慈善活動じゃないの……?』

 当たり前だ。

 そう表情で訴えると、夏月は何やらほぼ空っぽのスクールバッグを探ると、僕の掌にそれを押し込んだ。

『さっきのは冗談。借りはちゃんと返すよ。
でも、今日財布忘れて手持ちが無いんだ、だからこれ』

 反射的にそれを受け取ってしまった僕は、手を広げる。広げた手の中には包装紙に包まれた一つの飴玉。
 いやそもそも、だからって何だ、何も理由になってないじゃないか、と思いながら、べりべりと包装紙を破き、飴を放りこんだ。

『……何だこの味』

『アンズ味かザクロ味かイチジク味のどれか』

『……うわぁ』

 普通の飴には入っていないであろう、しかし名前を知らないというほどマイナーではない味を食して出た感想はこれだ。何回か舌の上で転がしてみるけど、……うん、やっぱり分からん。
 アンズと言われればアンズの様な味がするし、ザクロと言われればザクロっぽい味がするし、イチジクと言われればイチジクだなぁという味だ。不味くは無い。

 口内で飴を転がしながら渋い表情をしている僕に夏月は背中まである髪を揺らして背を向けた。彼女も飴を口の中に放り、アンズ味だ、と呟きながら、教室へ向かって行こうとする。

 その背中を別に追う必要もなかったので、ぼんやりと見送っていたら、何か思い出した様に夏月は足を止めた。

『そうそう、縁起でも無い話っていえばさ』

 縁起の悪い話をするにはあまりにも楽しそうに、けれど嘲笑する訳でもなく、まるで鼻唄を紡ぐついでの様に語る。

『生徒の一人が行方不明になってるらしいよ』

 そこでくるりと夏月は振り向き、視線を僕の瞳と合わせる。
 爛々と輝くその眼は、やはり苦手だ。



 案の定、教師からは生徒が行方不明になっているので、帰宅時は気をつける様に、と連絡が入った。夏月の言っていた事は本当だったようだ。

 速やかに帰れと学校に言われたが、残念ながら僕は寄らなければならない場所がある。大体、気をつけるって何を気を付ければ良いんだ。


 学校から歩いて15分。僕の用事はそこにある。