複雑・ファジー小説

Re: 幻実 ( No.1 )
日時: 2016/09/22 18:11
名前: 吟志 ◆tr.t4dJfuU (ID: c3/sZffZ)

【第1話】

 俺には猫を捨てる奴の気持ちがわからない。

 猫が好きだからということもあるかもしれない。動物を飼ったことはないが、飼うとしたら絶対に猫だ。子どもの時からずっとそう思っている。
 どうして猫を捨てるのか。
 スナック菓子の段ボール箱の中で丸くなっている仔猫たちを見て思う。本当に段ボールに捨てていく人間がいるのかと感心したような、呆れたような。
 コンビニでメビウスを買ったついでに骨つきフライドチキンでも買っておけばよかった。拾ってはやれなくてもせめてものことをしてやりたかったのだが。
 大した強度を求められていない薄っぺらなボール紙に四方を囲まれた灰色の仔猫たちは小石のように丸まったまま鳴きもしなかった。痩せた背中の皮が上下しているのは見えた。

 それでも彼らは死を待つしかないのだろう。
 この街の喧騒のなか、彼らは静かに静かに闇に身を沈めている。不幸な命であると、その一言だけで済まされるだけの命だった。俺は名残惜しく思いながら、その場を立ち去った。
 猫はどうなるだろう。寒さに死ぬか、空腹に死ぬか。それともカラスにつつかれてーーそう考えたときに、俺はハッとした。俺はあの仔猫たちが死ぬことしか考えていない。俺以外の誰かに拾われる可能性だって十分にある。もしかしたら自力で野良に混じるかもしれない。
 いや、彼らは死ぬだろう。やはりもう一度心のなかで呟いた。
 この街は明るく朗らかであるように見えて、その実空っぽで冷たいのだ。そういうものだ。有象無象のパーツのうちの1つがニヒルに嗤う。その実俺も空虚である。
 猫は、俺が殺したようなものだ。
 そんなふうに考えたら、この街が悪人だらけのように思われた。傍観は罪であると流行りのアーティストが叫んでいた。否定したくなる、愚かしいほどに真っ直ぐな正論は街行く人々に刷り込まれ、人々を悪人にした。
 猫は俺を憎むだろうか。
 それを考えることが免罪符になると思った。
 しかしおそらく、猫は人を憎まない。死のうが殺されようが、命がなくなればすべて同じ肉のかたまり。死んだ殺したというのに固執するのはあくまで他人であり、そしてもっともそれを気にするのは命を奪った張本人だ。

 だからひたすらに苦しい。
 狭量で臆病な俺には、この街の酸素は薄すぎる。