複雑・ファジー小説

Re: 恋の音が響き渡る 【短編集】 ( No.2 )
日時: 2016/10/08 19:40
名前: 鏡 (ID: HKLnqVHP)

・わすれもの【未練】・

真っ白で、何もない殺風景の場所。 私は気づいたらそこにいた。

死に装束を着て、何もないところに立っていた。

「ねぇ。君は現世に何かわすれものはない?」

誰、今私に話しかけたのは。


「ここだよ」


すぐ後ろに、声の主はいた。 小さな—小学生くらいの男の子だ。


「もう一回聞くよ。 君は現世にわすれものはない?」

「言ってる意味、よくわかんないんだけど。 まずさ、ここどこなわけ。それとこの衣装。なんなの」

男の子ははぁ、とため息をつき説明してくれた。

「ここは俗にいう【あの世】。君は死んだの。トラックに轢かれて」

トラックに…轢かれて、今いるのはあの世…?


「言ってる意味わかんない!ねぇ、冗談はやめてよ」

「本当だよ。 もうそんなこと良いから質問に答えてよ。わすれものはない?」

忘れ物…? 本当に何言ってるの、この子。


「忘れ物っていうのはここの世界で【未練】の事」

未練…。 そりゃいっぱいあるよ。だって突然死んじゃったんだもん。

「僕は死んだ人の願いを一個だけ叶える役目なの。 別にないんだったらいいけど」

いっぱいある。でもいざどれをっていうと思いつかない。


「私の…叶えてほしいことはないよ。そんな、一個なんて思いつかない」

男の子はそっか、と言って手を差し出してきた。


「じゃあ向こう側、いくよ。まだ三途の川は渡ってないから」

三途の川の向こう側へ。と言った。


少し怖かったけど、男の子の小さな手を握りついていった。


これで本当に死んじゃうっていうことか。



「さようなら」


特定のだれか、というわけでもなく誰かにそう言った。

三途の川まであと少し。