複雑・ファジー小説

Re: その声が届くまで ( No.3 )
日時: 2016/10/18 10:21
名前: イヴ (ID: oDbL/LGF)

〜第一話 朝〜

その日は部屋のカーテンを開いた瞬間から、世界は暖かく、目も当てられない程に輝いていた。
高鳴る胸を抑えながら自身の背より少し高い窓を優しく開ける。
新しい制服に視線を向け、自然と口角が上がる。
窓の外に向き直り、期待に膨らんだ—小さな—胸に新鮮な空気を精一杯取り入れる。
「今日から高校生だ!」
軽快なステップで階段を降りて行く。
その様子は今にもピーターパンになって空へ飛び立ってしまうほど浮かれていた。
「姉ちゃん朝からうるさい」
新しい学生生活が始まる彼女とは対照的に、受験生になった年子の弟による心無い一言に現実に戻されてしまえば、あとは中学時代と変わらぬ朝の支度だった。
スーパーモデルの母親は相変わらず忙しそうで、入学式の今日も仕事が入っていた。
その証拠に、リビングの机の上にはメモ書きと共に高校生には少しばかり多めのお小遣いが無造作に置かれていた。
映画俳優の父も、今は海外に行ってしまっていて、最後に父親の顔を見たのはいつだったかすら覚えていなかった。
無造作に置かれたお金も、なかなか会えない父にももう慣れてはいたものの、やはり今日はどちらかに居て欲しかった様で、少し落ち込んだ気分になった。
「俺は静かで勉強しやすいよ、あと一年は帰ってきて欲しくないね」
そんな姉の心情を察したのか、参考書片手にパンを口に含みながら言う。
「別にわかってた事だからいいけどね、ってか物を口に含んだまま喋らないの!お行儀悪いでしょ!?」
指で口元を指して指摘する。
「…姉貴の方がよっぽど母親らしいや」
「え?何か言った?」
牛乳の入ったマグカップを口に当てながら放たれた弟の言葉は、姐の耳に届かず、聞き返されるも答えることなく学校へと足を運んでしまった。
時計を確認すると、針は7時15分を指していた。
「やばい!!入学式から遅刻は駄目だよ!!!」
母から頂いたお小遣いの一部だけをお財布にしまい、残りは封筒に入れてキッチンの上の棚にある調味料などが綺麗に並べられている一番奥にしっかりしまってから、彼女も家を後にした。

駅までの道のりを、自転車で向かう。
今なら野生のドブネズミに勝負を挑めるくらいの気持ちだった。
——実際にはお目にかかりたくはないが…。
駅に着くや否や、視野の端まで映り込む人。人。人。
通勤ラッシュと登校ラッシュが重なるこの時間は否が応でも人以外の物は目に映らなかった。
音楽を聴く人、携帯で連絡を取り合う人、駅員さんたちの案内放送、黄色い線の外に出ている人たちへの警告音。
その全てが
「高校生活スタートしたって感じがする!」
彼女の期待を更に高めてくれるのだった。

満員率120%のこの電車に無理やり押し込まれ、電車の揺れに身体を預けながら、高校までの数十分、静かに目を閉じた。


†続く†