複雑・ファジー小説
- Re: 最強の救急隊 ( No.15 )
- 日時: 2018/12/15 21:04
- 名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: YGRA.TgA)
(……水……!? 奇術を持つ人間の中でも希少な力を……)
今にも骨が折れそうなぐらいの力で腕を握られているのにも拘わらず、燠は予想外すぎる繋の行動に驚きを隠せなかった。
まさか、一切戦えないと思っていたはずの人間が自分と成葉の間に入って仲裁をしているのだから。
視界に成葉が入る。先程の無表情とは打って変わり、血相を変えていた。
「繋!」
一瞬の隙をついて、成葉は燠を蹴り飛ばす。燠は腕を交差させガードはいたが態勢が整えられず尻餅をついた形になっていた。
そんな彼のことなど露知らず、成葉は一目散に繋のところに駆け寄った。
その瞬間繋は地に膝をついてゴホゴホと激しく咳き込んだ。口を抑える手の平からは血が滲み出ていた。
「繋! ……何で奇術を使った!? こんな下らない喧嘩で……」
「そう、下らないんだよお嬢。こんなことの為に力は使っちゃいけねぇ。……周りのお前らもだ! 新入りぐらいちゃんと手懐けておきやがれ!」
繋が怒号を発する。だがまた次には咳き込んでしまった。
成葉が慌てて「早く医務室に運んで」と言うと、周りの隊員が慌てて繋を運んで行った。
繋の一喝で今まで祭りの様ににぎやかだったこの場所が廃墟地のように静かになる。中には自分の仕事場へ戻る人間もいた。その様子を燠は黙って見つめていた。
(何だよ、何なんだよ浅草【ここ】は)
2
「こんのクソガキ!!」
時刻は、午後11時。雪丸の部屋に呼ばれた成葉は挨拶代わりに手痛い拳骨を頭蓋骨に受けた。
感想は、砕け散るかと思った、だ。
全身に染み渡る痛みと振動。凡人に比べても生身の固さは高い成葉だが、これはいつまで経っても痛いのだ。体調が整ってきた繋は「あちゃー」と小さな声を出す。
「いった——っ!! 何すんだ痛い雪ちゃん!!」
「何テメェ繋に仙術使わせてんだ……死ぬのか死にてぇんだな」
「死ぬしか選択肢ないじゃん!!」
「もう終わったことだ、若。それに今回のことは勝手に俺が奇術を使っただけだから気にしないでくれ」
第二ラウンドが始まりそうなこの部屋に繋が2人の間に割って入り、静止した。
成葉は繋の懐からすっと差し出された茶碗蒸しを流れるように受け取り静かに食べる。
雪丸も納得したのかドカッと座り込んだ。
「……事情は繋から聞いたには聞いたが……テメェが出る必要はなかった。隊員がその喧嘩を何とかすべきだった」
「……わかってる」
「だがクソガキ。お前が怒った理由も解ってる」
「雪ちゃん」
「寝る」
そうぶっきらぼうに言うと雪丸は自室の部屋から出ていった。
てっきり思い切り罵倒されるかと思ったのに。
予想外の言葉に口を驚く成葉。思わず繋の顔を見た。
そんな彼女に繋は声を潜めた。
「……本当はな。このことを言ったときに若、凄く怒ってて新入りの事殺してやるって言ってきかなくってさ。そんで、お嬢の行動を話したら『アイツがそうしたんならもう何も言わねぇ』って言ってたんだぜ」
「そうか……」
成葉は肩を竦ませた。そして冷静になって思う。
あれは、考えなしの行動だったと。頭のいい彼になら、事情を話せばわかってくれると今では思うのに。
「……燠君にも悪いことをした。燠君にもきっとああした理由があったはずなんだ、なのに話聞いてやれなかった」
「明日謝ればいいさ」
「そうする。 ……それに」
「?」
成葉は茶わん蒸しを食べ終わると勢いよく立ち上がり襖を開けた。
最後、少し言葉を濁す成葉に繋は首を傾げる。
「イケメンの顔面に石ぶつけた。もしこれが大事になったらわたしのSNS大炎上しない? 刺身コンビの片割れみたいになったりしない? 大丈夫だと思う?」
「……またそんなタイムリーな話題を……」
繋は考えることを放棄した。
- Re: 最強の救急隊 クリスマス番外編掲載 ( No.16 )
- 日時: 2018/12/15 21:06
- 名前: ルビー (ID: YGRA.TgA)
「え!? 燠君出ていった!?」
「そうでやんすよお嬢。おいら母ちゃんに無理矢理たたき起こされて、和菓子の仕込みしてたら昨日浅草を騒がせたあのパツ金の兄ちゃんが荷物持って出てくの見たでやんす」
昨日の事から、少し気になっていつもより3時間早く目覚めてしまった成葉は、気晴らしに散歩をしていたのだ。
散歩の道中、薄い紫の肌に小柄な体躯を持つ小豆洗の少年、和人(かずと)に挨拶しようとしたら矢継ぎ早にこう言われたのだ。
ぼんやりしている頭が一気に冴え、思わず和人の肩を思い切り揺さぶった。
「それっていつ! 何時!?」
「ついさっきでやんすよ。ていうか痛い痛い痛い!! 肩砕け散るでやんす!!」
(今は……)
成葉は慌ててスマホを確認する。
時刻は6時。もし、彼がこのまま駅から別のところへ行こうとするならば6時12分の電車で旅立ってしまう。
「情報提供ありがと和人。後で大福買うから! だから300円負けといて!!」
「んなことしたら実質タダじゃないでやんすか!! あ、今日から秋の味覚の『欲張り甘栗の雪見団子』発売するやんすよ!! 価格は税抜きで320円!!」
「わかった!!」
彼女の言葉に突っ込みを入れながらも、自分の店の宣伝をしていく彼は幼いながらも和菓子屋店の鑑だ。
でも今はそれどころじゃない。その場から全力で走り出した。
勿論、浅草駅に。
01
(どいつもこいつも下らねぇ。いっそのこと、もう1人でやっていこう。嗚呼、きっとそっちの方が楽で自由だ。つーか隊に入るのだって地位の確約みてぇなもんだし)
「もう行くのか?」
「……!」
燠はスーツケースの持ち手を強く握りしめる。
その眼には、怒りと悲しみが少し滲んでいた。
背後から穏やかな声が響いてくる。燠は思わず振り返ると、そこには柔和な笑みを浮かべながら繋が歩み寄ってきていた。
昨日の具合の悪そうな様子から一変、今は顔色がいいためある程度元気になったのだろうと推測する。
弱いと思っていた男。自分の攻撃を片手で止めた男。一瞬、その姿を食い入るように見ていたが、我に返るとプイッとそっぽを向く。
「何の用だ。オレはもうここに用はない。いる意味も……な」
「そうかな。お前は一昨日来たばっかりだろ。そう急ぐこともないんじゃねえか? まあ、お前がどうしても出て行くんだったら仕方ないけどな」
鋭い態度の燠を気にすることなく、繋は隣に立った。
呑気に繋は「早朝散歩してついでに寄ったらお前がいたから驚いたぜ」と呟いた。燠はきまり悪そうにため息をついた。
何か言おうと口を開ける前に、繋は、
「——昨日の事だったら、誰も気にしてねぇないからな」
「そんなわけないだろ」
「昨日はお前だったけど、うちは基本的に喧嘩ばっかりだからな。いちいち気にしてたらキリがないし。それに、お嬢……第一補佐官殿も悪かったって反省しておられるよ」
「別に、どうでも……」
「俺が言いたかったのはこれだけだ。お前が何に絶望しているのかは知らないけど俺達ははっきり言ってそういうのはどうでもいいのさ。常識なんて糞くらえ集団だからよ」
「適当過ぎるだろ、そんなの。通用しない」
「かもな。それすらも俺達には関係ないしな」
繋はいたずらっ子のように笑う。
じゃあな、とだけ言うと繋は踵を返して行った。
てっきり説得されると思ったのに。言うだけ言って勝手に帰って行った彼の背中を、燠は物珍しそうに見つめた。
いつの間にか、スーツケースの持ち手を強く握っていた手は緩んでいた。
「……変な奴」
そう呟いた。
心底下らないと思った。けれど、どこかで、羨ましいと、少しだけ思った。
けれど、次の瞬間、ザワザワと嫌な気配がしたのだ。
自分ではない。それは——……。
「——止まれ!!」
「なっ……」
それは、繋に感じたものだった。
いつの間にか、繋の目の前には白いワンピースを着た長身の女が立っていた。一見、普通の女に見えるが、気配や雰囲気は冷たく、この世の人間とは思えなかった。
女は、うめき声を上げながら黒く長い髪を不気味に揺らす。
ニタリと、不気味な笑みを浮かべると、
「アナた、とってモ好みノ顔してル」
「伏せろ!!」
女の手が繋に伸びる。
燠は駆け寄りながら風を飛ばす。しかし、女は攻撃してくることが読めていたのか、軽く避ける。
スウ、と息を吸い込むと耳が割れる程の奇声を上げ始めた。
「あ……ぐ……っ! くそっ、念動力かよ……!」
耳を塞いだが、それでも奇声は威力が凄まじく、三半規管を狂わされる。
周りにいた人間は早朝とはいえ、10人はいた。皆が悲鳴を上げて床に蹲り、酷い者は意識がなくなっていた。
一番間近な繋がつらいはずだ。つらいはずなのに、彼は落ち着いた表情で女に語り掛けていた。
「お前、どうしたいんだ? このまま叫んでいても意味はない。何か、訴えたいことでもあるんじゃないのか」
「ソソソそウ。私は、カれにウラギられた。結婚すルって言ったのに。私をステテ、他の女と去ってイッタ。苦しくて、ユルセナクテ、私はビルから飛び降りタ。だから、私は幸せになりたい。好きな男と。シンデ、一緒に……」
「ふざけるな! お前はもう死んでる。生きてる人間を巻き込んでんじゃない!!」
女の言葉に、燠は激高した。
暫く、女は意味が解らないように黙っていたが、時間が経つにつれ、形相が怒りに染まっていく。
「ワタ、私、私は死んでないぃぃぃぃぃ!! 生きてる、生きてる!!」
「もう一度留め刺してやるよ」
「駄目だ!!」
今度こそ、消す。
そう思い、燠は懐から杖を出し、折り畳みの傘の様に大きく広げだす。
ドスの利いた怒号が燠を一喝する。繋は女に拘束されながらも、冷静な表情で首を振った。
「駄目だ」
「何言ってんだアンタ。死ぬぞ。それにそいつはもう……」
「——若とお嬢を呼んで来い」
繋の言葉と同時に女の「一緒に逝きましょう」と言い、そのまま煙のまま姿を消した。
そこに取り残されたのは燠と、倒れた一般人だった。