複雑・ファジー小説

Re: 最強の救急隊 掲載再開 ( No.18 )
日時: 2018/12/18 16:05
名前: ルビー (ID: YGRA.TgA)

「急げ、血圧下がってきてるぞ!!」
「こっちは心拍止まってる!」

——繋が連れ去られてから僅か5分後。
 雪丸率いる第7部隊が現着すると、被害者の把握と病院への搬送が瞬く間に行われた。
 燠も無傷ではあったが先ほどの奇声による平衡感覚は戻り切っていないため、病院へ運ばれかけた。
しかし、「大したことはない」と頑なに行こうとはしなかった。

(何なんだ……! 異形くらい消してしまえばいいだろ。あれはどうせ末路が目に見えてるんだから。消滅するか他の誰かに殺されるかしかないんだぞ)
「燠君無事!?」
「……お前」

 息を切らしながらしゃがみ込んでいる燠に駆け寄ったのは成葉である。
 早朝にも関わらず普段通りに仕事をしているのは流石と言うべきか。一瞥したが、昨日のこともあったので、すぐに目線を逸らした。

「無事でよかったもし何かあったらわたしは昨日の罪悪感で夜しか眠れないしSNS炎上してしまうかもしれないという悩みと頭痛に悩まされるところだったありがとう!!」
「……少し落ち着け」

 痛いほど強く握られた手を見て思わず燠はそんな返事をしてしまった。
 早朝だというのに元気が過ぎるというか。
 ようやく成葉は手を離すと、燠の隣にしゃがむ。

「燠君も運が悪い。朝っぱらから悪霊(アンチゴースト)に遭遇するとは」
「……うるせぇ」
「一般人、悪霊から守ってくれたんだって?」

 悪霊。アンチゴースト。
 通常人は死ぬとこの世に留まることはない。しかし、異常な執着や怨念、哀愁、憎悪などを募らせた生命体が稀に人を危害を加える存在になる。
 一見、普通の姿や冷静な思考に見えるが実際は真逆であり、まともに会話はできないほど異常なものであるとされる。中には超能力の様な——所謂ポルターガイストや奇声による生命停止する力を持った個体もいるのだ。

「全然。此処まで最小限にしたのは繋(あいつ)だよ。オレは、何にもしてない。それに、戦わずにアイツは、悪霊を下がらせた」
「繋だもん。口八丁に説得は寝るより得意だし」
「それを言うなら朝飯前だろ」

 呆れたように、燠はため息をつく。
 そして、繋の「駄目だ」という言葉が脳裏に過っていた。

「アイツ……。お前に、お前ら兄妹を呼べって言ってたんだ。何を……する気なんだ?」
「んなもん説得に決まってんだろ。つーかサボってんじゃねぇ。お前仮にも第一補佐だろうが……」
「雪ちゃん! 誤解だ! わたしは、う、うぐぁぁぁぁぁっ」

 成葉はハッとした表情で振り向いた。
 そこにはいつも通り不機嫌そうな雪丸がいて。1瞬にも満たない時間で成葉の頭を片手でギリギリと握りつぶす。
 悲鳴を無視して、雪丸はじっと燠を見る。

「何言ってるんだ、あの悪霊は説得できる理性なんか残っちゃいない。今だって、繋(あいつ)は殺されてるかもしれないんだぞ。普通の特命隊だったらとっくに殺してる。それに説得だって? 上の連中は……」
「生憎うちは普通じゃねぇからな。御上の命令通りに動く気はねぇよ。おら行くぞクソガキ!」
「これは人間の持ち方じゃない! 放してロクデナシ大将軍」
「何か言ったか」
「ごめんなさい」

 鶴の一声、大魔王の一声。
 雪丸の冷酷極まりない言葉に成葉は今後の思考回路を停止した。スーツケースを運ぶかのように、成葉を運び出そうとした雪丸。
 燠は、少し眉間に皴を寄せて何か考えていたが、思い切り立ち上がって、

「オレも連れていけ。……いや、連れて行ってほしい」
「……テメェ、平衡感覚正常じゃねぇだろ。」
「殆ど治ってる。それに、どんな形であれ、オレは繋(あいつ)に借りを作った。それを返すまでは気持ち悪くて浅草を出ていけないさ」

Re: 最強の救急隊  ( No.19 )
日時: 2018/12/21 19:24
名前: ルビー (ID: YGRA.TgA)

「此処から気配消えてるんですけど」

 成葉は不機嫌そうに、そう言った。
 浅草駅から、南西の住宅地……といっても、この地域はあまり人が住んでおらず、空き家や工場の跡地が多く存在するところであり——日陰の場所はじめじめしていて光があまり入らないため、悪霊にとっては好条件な場所でもあった。
 気配に敏い成葉は勘を駆使して繋を捜索に当たっていたのだが、「こっから無理!」とバツ印を作る始末だ。

「何してんだ本気出せ! 繋の手作り茶碗無理があの悪霊の口に入ってるかもしれねぇんだぞ!!」
「嫌だ!!」
「……原始的な探し方だな」
「あ?」

 気配と、勘。
 下手したら無駄な時間に燠は深く、ため息をついた。そして、手の平を口元に充てると、「フーッ」と息を吹きかける。
 すると、小さいそよ風の様な竜巻が無数に生み出され、高く舞い上がると、四方に散っていった。

(……けどまぁ大体場所は合ってるって時点でこいつ等は普通じゃないんだがな)
「今の、魔力探査術式か」
「よくわかったな。マイナーだっていう下らない理由であまり知られてないと思ったんだがな」
「あんなに細かく魔力分散できるの雪ちゃん以外で初めて見た」

 ほー、と感心したように成葉は燠を見た。
 あの雪丸ですら少し魅入っている。燠は居心地悪そうにズカズカ前に進んだ。

「——……これくらい、なんてことはない。エルフの血が混じってるんだから」
「そーいや詳細に書いてたな。お前、確かエルフの血が3分の1入ってるってよ」
「本当に……!? だからイケメンで奇術の扱いが上手いのか。スペック盛り過ぎじゃない?」
「静かにしろクソガキ」

 エルフ。
 身体能力や体力に秀でているわけではないが、容姿端麗で奇術(西洋では魔法ともいうらしい)の操作や扱いに長けている種族が多いとされている。
 秘密主義な性格が多いため人間とあまり関わらず森の奥や秘境に生息している。
 燠は少し、顔を歪ませて、

「そんな偏屈な奴らの所為でオレは碌な目に合わなかったがな。今までずっと一定の場所に定住していた時なんてない。どいつもこいつも中途半端なこの血が忌々しいのさ」
「…………」

 兄妹はあることを思い出した。
 エルフは誇り高く潔癖で、悪く言えば神経質且つ融通が利かない一族なため、異端者や異種族、最悪、エルフの混ざりものを許容しない場合がある、と。
 教科書で見たことがあった。
 燠は、その例に当てはまってしまったのだろうか。おそるおそる成葉は顔を覗き込む。
 その顔は何だか悲しそうだった。

「……! 意外と早かったな」

 弾かれた様に燠は上を見上げる。
 空中には先程飛ばした小さな竜巻が降りてきて、燠の手の平まで近づくと、跡形もなく消えていった。

「南東の方角だな」
「悪霊の性質に漏れず陰湿なことだ。本能のままに鬼門の方角だよ」

 雪丸の言葉に燠は忌々しそうに吐き捨てた。
 成葉は、半纏の懐から双眼鏡をそろりと取り出すと、小さな竜巻が示した南東の方角を覗き込んだ。
 すると、何かおかしいものでも見たかのように成葉の眉間に皴が寄った・

「おいクソガキ、何か見えたのか」
「……まさかもう死んだわけじゃないだろうな」

 そんな彼女を2人は怪訝な表情で見る。
 言葉が出ないのか、成葉は思い切り、首がもげそうなくらい勢いよく首を振った。
 ジタバタジタバタ左手を動かすが、全くもって伝わらない。
 漸く言葉が思い浮かんだのか、真っ青な顔で叫んだ。

「あ、あの女!! 繋と一緒に鉄塔の頂上に立ってやがるよ!!」
「は」
「急げ!! タイタニック号の悲劇になるぞ!!」

 鉄塔。その頂上に上るということは。悪霊の女に連れられるというのことは。
 次になるべきことは手に取るようにわかる。
 成葉の言葉に真っ青になった2人は、勢いをつけて走り出した。

Re: 最強の救急隊  ( No.20 )
日時: 2018/12/25 19:39
名前: ルビー (ID: YGRA.TgA)

「これで私達ずっと一緒ね」
「……ああ?」

 所々、錆びついている鉄塔の上に女と繋は立っていた——いや、繋は無理矢理だが。
 女の満足そうな笑顔に繋は肯定ともとれるような、否定ともとれるような返事を返す。
 しかし、女は気にする様子もなく繋に置いている手の力を強くする。次にとる行動なんてわかり切っている。
 この高さで飛び降りでもしたら、確実に繋は死ぬ。

(……この人ももう真面な意識が残ってないな……。早く来てくれ、若、お嬢!)

饒舌な言葉を吐くということはこの女の自我はほとんど残っていないということ。
悪霊とは、そういうものだ。繋は冷や汗を流しながら、下を見た。
その瞬間、目の前から長く、丈夫そうな黒い棒と……。

「繋————っ!!」

 ゴン! と、鉄塔が大きく鳴り響いた。
 その音は棒とともに飛んできた成葉の頭突きが女の顔に命中したからだ。
 繋はその様子に安心したのか、抵抗することもなく真っ逆さまに落ちていく。

「随分と言い御身分になったもんだぜ。……繋」
「はは。それは勘弁してくれ、好きでやったわけじゃないからな」

 フワ、と燠の風で空中に上がってきた雪丸に優しくキャッチされる。
 彼は酷く面白いものでも見るかのように、少し口角を上げて繋を見る。
 繋は、雪丸の隣にいる燠を見ると、

「……来てくれるとは思っていなかったよ」
「アンタには借りがあるからな」

燠はぶっきらぼうに言うと勢いよくさらに上昇し、成葉の元へ向かう。
繋は真剣な顔で、

「若。あの悪霊の事なんだが……」
「わかってる。何、いつもと変わりゃあしねえよ」




03
「どうして私の邪魔をするの!? 私は、私は、私は!!」
「いや死のうとしてたじゃん! 駄目じゃんそれ!!」

 女は邪魔された怒りのあまり、念動力で鉄骨を操作し、成葉にぶつけようとする。
 その前に、黒い棒で打ち返す。
 物理的ダメージはあるようで、鉄骨が当たると女は呻き声をあげた。

「もう止まれ。お前が此処でどんなに暴れても意味も利益もない」

 追いついた燠がそう言うと、女は怒りの形相から一転、悲しそうな普通の女性になった。

「利益、かぁ……。彼も去っていくとき、そう言ったわ。お前がどれだけ別れたくないと喚いても、利益はないって……」
「……!」

 思わず、燠は手を止めた。
 なぜなら、目の前にいるのは確かに悪霊だ。しかし、しかし。
 今の彼女は、そこら辺にいそうな一般人だったから。

「でも、私の気持ちは? 利益とか、損得で測られてしまえるものなの? 私の想いなんかどうだっていいっていうの?」
「それ、は……」
「どうせ私に残り時間なんてない。だったら、後悔したことをやり直すしかないじゃない!!」
「しまっ——!」

 再び、彼女は念動力で今度はその場の部品——鉄骨やワイヤー、螺子などを燠に穿つ。
 気を取られた燠は、避けられない。しかし、成葉はその全てを棒で弾き飛ばした。

「どうでもいいわけない。確かにあなたは被害者。だけど、こんな方法は間違っていた。あなたの方法はどうでもいいものになってしまった。やるならあの世で男を呪い殺すべきだった!」
「!?」

 次の瞬間。
 女の首は雪丸によって握られていた。
 しかし、彼の瞳には殺意がなかった。むしろ、悲しんでいるような——……。

「——もういい。もういいからお前はもう眠れ(死ね)。もう、充分だろ」
「……そうネ。私、このまま抵抗してもあなたに殺されるものね……。どこまで行っても、私って愚図で鈍間な女ね……。男の浮気にすら気づけなくて……。あの男は今頃スかした顔で笑ってるに違いないわ……」

 一筋、女は涙を流す。
 もう抵抗する意思はないようだった。
 雪丸は女に、

「……安心しろよ。そのお前のクズ男は死んだら地獄に堕ちる。お前は安全地帯でその笑える光景を菓子でもつまんで楽しめよ。何、あと数十年我慢するだけだ。楽なもんだろ」
「……ふふ。そうね。それが、一番いいことよね」

 轟、と女の全身から炎が噴出する。
 思わず燠は雪丸に近寄ると、

「おい! いくら何でも燃やすなんて……」
「あれは、燃やすためじゃないよ」

 成葉はそう言った。
 燠は何も言わず、再び女の顔を見る。
 彼女は、微笑みを浮かべていた。

「……皆さん、ご迷惑を掛けました。御免なさい。でも、ありがとう。こんな私の言葉を、聞いてくれて嬉しかった……」
「そうかよ」

 炎が消えたのと同時に、女も同時に消えていった。
 その光景に燠は大きく目を見開いた。

「まさか、浄化か……?」

 燠が酷く驚くのも無理はない。浄化とは、かつて人だった者が異形に成り果てた時、説得や交渉で双方納得の上で異形を黄泉の国へ送るという方法である。
 この方法は遡ると江戸時代ぐらいから使われているが近年は、異形が凶暴になりつつある点と、時間もリスクもかかるという点から殆ど使われていない方法だ。
 燠は、恐る恐る雪丸と成葉に、

「まさか、あの悪霊を浄化させるために?」
「ああ。こんなに綺麗に終わるとは思ってなかったけどな」
「失敗するときもあるよ。そういう時は仕方ないけど脳天を潰す」
「物騒なこと言うなよ、お嬢!」

 3人が地上へ着地すると、待っていた繋は苦笑して成葉を見ていた。
「てへ」と舌を出す成葉に横目で雪丸は「可愛くねぇよ」と一喝した。

(……こんな方法もあったんだな……。オレがいたところは異形なんて、お構いなしに消していたのに)

 燠には、目の前の3人が別世界の人間のように思えた。
 今まで自分には実績も実力もあると思った。けど、実際それだけだった。
 異形にだって心や意思がある。それを忘れて、蔑ろにして、異形を消していた。
 この3人は異形も人間も対等だと思っている。だから、攫われても襲われても、事情を聴かずに誰かを助けている。

「……負けた」

 フッと燠は困ったように微笑んだ。
 きっと、自分はこの浅草で一番の未熟者だ。
 成葉はそんな燠に気が付いたのか、

「燠君が……! 笑った……!!」

 感動のあまり、口元を手で押さえている。奇しくもその光景を見ていなかった繋と雪丸は彼女を変質者を見るような眼差しで見ていた。

「何で見てないの!? これ挿絵とかフルカラーにされたら絶対女子ファンが喜ぶよ」
「喜ばねぇよ。何でフルカラーにする必要もあるかもわからねぇ」
「さ、帰るか」

 ギャーギャー騒ぎ立てながら踵を返す成葉と雪丸。燠の顔を見て、繋は呼びかけた。
 
「ああ」