複雑・ファジー小説
- Re: 最強の救急隊 ( No.2 )
- 日時: 2018/12/15 21:29
- 名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: YGRA.TgA)
——……午前10時24分、浅草駅。
東京の一部である浅草は古き良き日本の一部を垣間見せる部分もあってか、平日でも観光客で賑わう。
それは、駅でも同じ。どのお土産にしようか迷う者、思い出に馳せる者、様々だ。
外国人観光客、余生を楽しむ老夫婦などがこれから訪れる街に心躍らせるように。表情はとても朗らかだ。
(……やばい、遅刻や……!)
茶髪に、透き通るような水色の瞳を持つ少女は顔を顔ざめながら走る。
そんな幸せ真っ盛りな周りの人々に比べて、1人、少女はこの世の終わりのような表情を浮かべていた。
観光客の色を桃色で例えたならば。少女はどす黒い黒であった。
体格にそぐわない丸々と大きく太ったリュックを背負いながらフラフラと足取りを歩める。
「やばい、危ない、死刑、確実……。雪ちゃんに……雪ちゃんに殺されるぅぅぅ!!」
そう叫ぶと少女は気でも触れたかのように走り出す。
改札口でハードルに直撃して後ろからひっくり返った。少女は、足をばたつかせて勢いをつけて飛び上がる。
ふと、視線を前に送ると、
「本当、雪女!? アンタ、青森出るの初めてだったんだね〜」
「ええ。私、暑い環境では生きていけませんので……」
少女を横切る2人の女。
1人の女はショートパンツにセーターという今どきの若い女のファッションだが、もう1人の女は息をのむほど真っ白い肌に銀髪、そして淡い水色であしらった着物姿。
その女は先程呼ばれた雪女のよう——いや、実際そうなのだ。しかし、彼女に限った話ではない。
——人間と人成らざる者、異形(いぎょう)が共存する世界。
それはいつごろ当たり前になったのかは誰にもわからない。
ただ、それら2つの生態の全く異なる生き物は今の今まで協力し、生きていく関係にある。
——トランプの裏表の様に人に協力的な異形もいればそうじゃない異形もいる。
それらは人に仇為し、人を脅かす存在になる。
そうなれば人間などそんな異形に手も足も出ない。そのため……。
少女が駅の外を出た瞬間、大きな爆発音が聞こえる。
反射的に見上げると足っていたはずのモノレールの車線が大きな僧侶の様な山のように大きい“異形”に壊されていた。
「また異形か!」
「でかいぞアイツ……」
(大入道(おおにゅうどう)! これはまたでかい!)
大入道。死んだ僧侶などの怨念や集合体が集まったとされる妖怪。
3メートルほどの大きさのものもあれば山のように大きなものまで存在する。
少女はリュックを下して眩しそうに目を細める。
「よくも……よくも破門しやがってぇぇ……っ」
大入道は唸る様に叫びながら大きな右腕を下に振るう。
これが直撃したら一溜りもない。何人もの人々が死に至るだろう。
観光客たちは避ける術もない。……【本当に】異形に対抗する手段がなければの話だが。
「でけぇ図体で動き回ってんじゃねえよ」
唸るような声とともに大入道の右腕は大きく弾かれた。
それと同時に大入道は大きく体制を崩してしまう。
右腕を弾いたのは黒髪に赤と少女と同じ透き通った水色の目のオッドアイが特徴的な端正な顔立ちをした青年。
体の大きさは大入道の方が圧倒的だというのに、青年は蚊でも払うかのように手で右腕を払いのけたのだ。
その立ち姿は若いながらも貫禄があり、グラッと崩れゆく大入道を鋭く見据えていた。
「繋! 避難は任せたぞ!!」
「任せとけ、若」
先程の「若」と呼ばれた青年に、繋と呼ばれた高身長に精悍な顔立ちの男——士門繋(しもんつなぐ)は分かり切っている様に周りにいる部下に次々と指示を出す。
部下は指示を受け、素早くその場を去っていく。
大入道はこれでは気が済まないのか地についている足を軸にして浮かんでいる足で再び攻撃しようとしていた。
「これじゃずまさねぇぇぇぇぇ!!」
「燃えろ」
「あ、あああああああああ!!」
若——いや、雪丸慶司(ゆきまるけいじ)が手を翳すと、周囲の家事とは比較にならないほどの真っ赤な炎が大入道に直撃する。
大入道は当てられた顔面を押さえながらよろめく。
——この世界には異形以外にも2つ、違うところがある。
1つは世界に生まれつき卓越した力を奇術。奇術とは、人間には通常出せない力を出せる人間を言う。起源は、仙人やら陰陽師から派生したともいわれるが、それは後程。
その力は多岐に渡る。
雪丸はその特力を使用する人間の1人だ。
そしてもう1つ。先程話にもあったようにこうした大入道を始めとした人間に仇為す異形に対応するための組織を——……。
「特殊救急隊第7班第一補佐、入りまーす」
鈍く、大きな音が浅草中央地に響き渡る。
それは、先ほどの少女が自分の背丈より何倍も大きな棒を大入道の頭にぶつけた音だった。
大入道はそんな思い攻撃に耐え切れず白目を向けて今度こそ倒れこむ。
少女の棒が小さく鋏ぐらいの大きさに小さくなるとともに軽い音を立てて着地する。
「流石雪ちゃん、早いね」
「何が早いねだクソガキ……。テメェ近くにいただろうが……。何で俺らが先に攻撃してんだよ」
「若、避難全員したし、怪我人はいなかった。お、成葉(なるは)か、帰ってきていたんだな」
着地した瞬間を狙って雪丸は成葉と呼ばれた少女の頭を片手で握り始める。
メキメキと鈍い音がするが抵抗するとさらに潰されるのだ。
おお、と言いながら繋は雪丸に駆け寄った。ため息をつきながら雪丸は漸く成葉から手を離す。
「あのデカブツさっさと片付けるぞ。……お前ら!」
大入道の周りを囲んでいる部下たちを呼ぶと、部下は雪丸の声に合わせて「へい!」と大きく返事をする。
雪丸の声に合わせて、部下は意識の無い大入道を運んでいく。
「出張ご苦労さんだったな」
「まだ秋とはいえ京都は寒かった! あ、でも八つ橋チョコ味は美味しかったぜ」
「……それを雪の前で言うなよ」
歩きながら繋はVサインをする成葉に苦笑する。
人間に仇為す異形に対応するための組織を特殊救急隊。略して救急隊。
そして、少女の名は雪丸成葉(ゆきまるなるは)。兄である慶司を隊長に置き、その兄の側近であり副隊長である繋を補佐する第一補佐官である。
——異形の起こす事件は多い。火災・水難・詐欺・殺人・誘拐など様々だ。
それに対処する政府直属の機関を特殊命義隊。慶司を隊長とした第7班はこれら全てを対処できる数少ない部隊でもある。