複雑・ファジー小説

Re: 最強の救急隊  ( No.31 )
日時: 2019/02/21 21:11
名前: ルビー (ID: YGRA.TgA)

「目標?」
「ああ。まだ聞いてないと思ってな」

 この日は珍しく雨が降っている。
 耳を澄まさなくてもザァザァと大きな音が聞こえた。
 丁度非番である成葉と燠は映画観賞会と言う体で、彼女の部屋に集まっていた。
 1本映画を見終わった瞬間、ふと燠はそんなことを口にしたのだ——まさかそんなことを言われるとは思っていなかった成葉は一瞬、口をあんぐり開けた。

「青森の方は県の発展。京都の方なら危険の異形の一斉排除とかな。……まぁ、無いならいいけど」
「あるよ」

 短く、成葉はそう言った。
 何だか空気が乾燥した気がした。
これは、以前にも感じたことがある。
これは、初めて成葉を怒らせた日と少し似ている。
 少し燠は成葉の顔を伺うが、当の本人はいつも通りの表情で映画のDVDをデスクから選んでいる最中であった。
 どうやら、怒ってはいないようだった。

「その、聞いても……いいのか?」
「自分から言っといて何だよ燠君! いいに決まってるじゃん、わたしたち、仲間なんだしさ」

 話しながらDVDをハードディスクに入れる。
 DVDはウイーン、と音を立てながら姿を消していく。どうやら、行動と言動的に深刻な話では無さそうだった。
 前に出ていた成葉は自室のクッションの上と言う定位置に戻ると、目の前にあったポッキーを1本取り出した。

「最終目的は繋の体を元通りにしてあげること」
「……!」

 前言撤回。
 結構重たい話だ。しかも、それ関係は燠自身が成葉を怒らせたキーワードだ。
 少し肩を竦ませると、成葉はその様子を察したのか燠の口にポッキーを10本ぐらい思い切り突っ込んだ。

「シリアスになるななるな! 繋が許したんならその話はもう終わってんの。そうじゃなくてさ。繋、ずっと病気だったわけじゃない。4年前はすごく強かった。燠君も見たと思うけど人に顕現するのが珍しいって言われてる水の特力使いで、雪ちゃんとも互角かそれ以上だった」
(……慶司より実力が上……!?)

 ザワッと鳥肌が立った。
 強くて、人望もあって、珍しい特力なんて完璧超人じゃないか。
 続けて成葉は言う。

「雪ちゃんが隊長に就任する直前まで繋が隊長だって噂されてたぐらいヤバかった。……色々。でも4年前、浅草史上歴史に残るぐらいの事件が起きた」
「事件?」
「……新聞だと、『浅草壊滅炎上』って見出しだった。わたしたちがパトロールしてるとき、少し本拠地から離れたところを狙われて、襲われた。今も誰が首謀者で何が目的かもわからないけど、火を放たれたり、手あたり次第の人を襲ったり、珍しい異形を攫おうとしてた。思い出しただけでもゲロが出そうだ!!」
「吐くな絶対」

 当時の怒りが再燃したらしい成葉は吐き捨てるように言い放った。
 ポリポリとポッキーを齧ると再び話し出す。

「まぁ、全力の雪ちゃんと繋が実行犯半殺しにしたお陰で浅草の人が死ぬことも、住んでる異形も攫われることが無かったんだけどさ。救助と現行犯逮捕は苦戦したけど順調に終わった——って思ってた」
「何だよ、現行犯は逮捕したんだろ?」
「それがさ。消火活動してるわたしたちの前に、鬼が来たんだよね」
「え……」

 思わず、絶句した。
 大半を外国で育った燠でも知っている日本の鬼。
 外国ではデーモンとも呼ぶが。
 基本的に鬼は凶暴で獰猛で、食欲旺盛で特に人間を好んで食らうという。強い力を持つ鬼ほど知能が高く、話せる。理性があって、人間に友好的な鬼は極々稀だと聞いている。
 鬼は、人間の何倍ものの力を持っていて、特力を扱える者もいる。
 初めて鬼の存在を知ったときは心底会いたくない、と思っていたのを覚えている。

「鬼がいた場所は避難所の目の前。みんな忙しくてバラバラに動いてたし——その時には数名の隊員と繋しかいなかった。わたしと雪ちゃんは救助と消火に気を取られて繋の方に行けなかった」
「でも、それは」

 お前の、お前たちの所為じゃない。
 そう言おうとして、燠は飲み込んだ。自分にはきっと、いう資格などない。そう思った。

「見てた隊員によればその鬼も上位の鬼だったみたいだけど繋には敵わなかった。瀕死の鬼に繋が止めを刺そうとしたら、その鬼、何したと思う?」

 成葉は当時のことを思い出し、嘲るように嗤う。

「……呪いをかけやがってさ。繋にじゃない。避難してる最中の住民に。どんだけ往生際が悪いんだかって思ったよ。命を懸けた最後の呪いってのは質が悪い、簡単に命を奪う。でも、繋がそれを代わりに、住民が掛けられるはずだった呪いを庇っちまった。……わたしが来たのは消火が終わった次の日の朝。先に、雪ちゃんが来てた。その日が、初めて雪ちゃんが取り乱した日」
「そ、の鬼は、死んだんだよな?」
「もち! ……呪いをかけた瞬間、死んだよ。悔しいけど満足そうに。急いで繋を最先端の病院に連れて行っても1ヶ月、繋は目を覚まさなかった。浅草(まち)を救った代償に繋は健康な体と特力の大半を失った。それに、捕まえてた現行犯もみんな自害したから結局真面な情報は手に入らず仕舞。浅草の修復にだけ全てをかける状態になったよ」
「…………」

 壮絶だった。
 いつも、成葉たちは馬鹿みたいに喧嘩して、事件に巻き込まれて。
 町民たちとも異形たちとも仲が良くて。明るく笑って物を壊して。
 辛いことなどないと思っていた。悲しいこともないと思っていた。

「繋の体は妖精や今の医療じゃ絶対に治らない。だから、絶対近いうちに繋の体を元通りに治す。どんな手を使っても。それが第7隊の総意」

 強い眼差しで成葉は言う。
 そんな彼女に思わず燠は面食らってしまった。
 正直、この話を振ったのを後悔するほど。

「ま、大体そんなもん。次の映画見ようぜ! 次はルーシーとパイのみ工場見たい」
「……ああ」

 成葉は大したこと無さそうにケロッと言い放つ。
 先程の重苦しい空気が嘘のようにいつも通りに戻る。でも、それはきっと燠がいるからだ。
 燠自身、救護室で点滴を受けている繋は何回か見てきた。
 もし、その場にあの3人がいたら自分はどうするのだろう。どうしたらいいのだろう。
 それはきっと燠自身には関係ないし、白羽の矢が立つこともないだろうが、つい思ってしまう。

(オレも、隠してる)

 きっと成葉を始めとした3人は全てを言うことはないのだろう。
 それは、彼自身もだった。そんな思いを振り払うかのように、燠はコップに注いであったカルピスを一気飲みした。