複雑・ファジー小説
- Re: 最強の救急隊 ( No.33 )
- 日時: 2019/03/19 19:14
- 名前: ルビー (ID: YGRA.TgA)
「うひー。さむさむ。東京って何年か前は雪なんて積もらなかったのに」
はー、と成葉は両手を擦りながら息を吐いた。
現在は2月。沖縄以外の日本列島は寒さの絶頂期だ。あまり雪に見舞われない東京も今年は少し違っていた。
何ミリかは積もっていた。
「お、ああああああああああああああああああああああああっ!!」
その直後、鬼の様な形相で花緒がこっちへ走ってくる。
即座に成葉は嫌な予感がした——というかあの様子の花緒はいい予感があったためしがない。
彼女が取るか行動は1つ。
「来るなっ!!」
「ええい、だまらっしゃい!!」
逃げる。
それしかない。
しかし今回は分が悪すぎた。寝起きの成葉と先程のお金の話でテンションが高くなっている花緒。
特に俊敏さとコーナー勝負の数値が格段に上だ。屯所の曲がり角でついに捕まった成葉は暴れながら叫ぶ。
「畜生! 一思いに殺しやがれ——っ!」
「ふふふ。殺しなんてしません。むしろ成葉ちゃん『達』は仕事しながら旅行できるんです。そして私はお金が手に入る。ウィンウィンではありませんか」
「……わたし、達?」
きょとんと眼を丸くする成葉に花緒が慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
01
「何簡単に捕まってんだクソガキ」
「ちょっと何言ってるかわかんないですね。というか一番先に捕まったの雪ちゃんだって聞いたけど!?」
東京駅に着いた雪丸兄妹と燠。
3人はスーツケースとリュックを花緒に背負わされると東京駅に投げ込まれて放置されていた。
花緒の奸計に嵌められた2人はお互いを睨み合う。
そんな兄妹など露知らず、燠はワクワクとした面持ちでパンフレットを広げていた。
「なあ、ナル。ユキ。アオモリってどういうところなんだ? 地図上からして北のようだが……。まさかこんな極寒の土地にも特殊救急隊があるなんて知らなかったよ。お土産いいのがあるといいよな。ん、ネブタ? 行きたいな……、何だ、夏にしかないのか。残念だ」
まるでカブトムシを見つけた少年の様に瞳をキラキラさせる燠に2人は喧嘩する気が亡くなってしまった。
何時ものクールさが少し薄れている気がしたが最早どうでもよくなっていた。
「……燠君の夢を壊すのは止めよ……」
「……わかってる」
心底自らが愚かだと悟った瞬間でもあった。
非常にもアナウンスは「4時50分発、新青森駅行き」の声が流れた。
そこから3人は何の会話を交わすことなく新幹線に乗り込んだ。
02
「すごいすごいすごーい!! あとちょっとで青森だって」
凄まじい速度で流れていく景色を見て成葉は興奮したように窓に張り付く。
弁当を食べながら燠は雪丸の顔を見る。
「氷室みぞれ?」
「ああ。青森の隊長だ。見た目は……アレだが腕は立つ。なんせ雪女と神とやらのハーフだからな」
「……オレ以外にも混ざりものがいたんだな」
「数は少ないけどいるっちゃいるよ」
座りなおした成葉は新幹線内の勾配のお姉さんがから買ったポッキーを食べ始める。
「でも、きっとオレとは格が違うさ。半分でも神様ってのはそういう意味だと思うぜ」
「そうなの?」
「ああ。特力の権限はほとんど無視できるしな。特力使える人間は自分からでしか『何か』を発生できないから、それが尽きたらしばらくは使えない。けど神様は世界の降臨者だ。例えば火が尽きたら焚火やチャッカマンの火で十分補填できる」
燠の言葉に雪丸は怪訝な顔をした。
「そんなの誰にだってできんだろ」
「お前は異常だ! 普通の奴は限度があるんだよ。本当に常識が通用しないところだと毎日身をもって実感してるよ。……そういえば白雪みぞれは何の神様なんだ?」
「それは——……」
成葉がそう言いかけた瞬間。
新幹線から甲高い音が聞こえた。それは、3人がいる場所だけではない。
新幹線全車両からだ。
さっきの音は止まるためのブレーキ音だろうか。ただ事では無さそうな非常事態に周りの乗客はザワザワと騒ぎ始めていた。
- Re: 最強の救急隊 ( No.34 )
- 日時: 2019/03/11 20:27
- 名前: ルビー (ID: YGRA.TgA)
『皆さま、非常事態が発生したため緊急停止させていただきました。只今調査中ですのでご理解のほどお願いいたします』
機械的なアナウンスではない、人間の声だ。
上を見ながら成葉は窓から外を覗き込む。
「電車ならともかく……、新幹線でこういうことって初めて体験したかも」
のんびりとした面持ちだったが、次の瞬間張り詰めた表情になり、怒鳴るように叫んだ。
「みんな伏せて!!」
次の瞬間だった。
窓が勢いよく割れていく。反射的に乗客たちは頭を抱え、その場にしゃがみ込んだ。
窓が割れたのは一つや二つではない。ほぼ全車両からであった。
しかも、ただ割れただけでなく——のそのそと不気味な動きで不審者が窓から侵入(はいって)来たのだ。
その不審者は——どこからどう見ても人間とは思えないほどの黒い体を持ち、小さな三つ槍を所持している。
まるで、その姿は悪魔のようであった。
「——っ!」
轟、と勢いよく音を立てて雪丸は悪魔を燃やしていく。
悲鳴を上げながら何事もなく消えていったが、如何せん、数が多い。
最低でも50はいるだろう。
「何でこんなところに悪魔がいる!? この様子と大きさからして低級中の低級だが一般人にとっては害だ! くそ、この中に魔女でもいるってのか?」
「詮索は後だ! 悪魔(こいつら)を排除しつつ乗客を避難させないと命に係わる!」
動揺しながらも風で撃退する燠に成葉はそう言い放った。
かと言って無謀に動けばこっちが不利になる。
幾ら低級の悪魔とはいえ、「人間を弄ぶ」という一点についてはプロフェッショナルだ。
下手に刺激すれば人質を取って地味に嫌な呪いをかけられかねない。
「わたしが術者を探す! 魔女だか魔王だか悪魔を使役している間は一歩でも動けないはずだから座りっぱなしの奴を片っ端からぶっつぶす。雪ちゃんと燠君は何とか! して頂戴!」
「適当が過ぎる!」
「しくじんなよ!」
成葉は2人の返答を待たずに他の車両へ走り出す。
後方からヤジが飛んだ気がするが形振り構ってはいられない。
どんなにレベルの高い悪魔の使役者でも、悪魔が動いている間は動くことができない。
普通の人間だったら怯えて縮こまっているはずだ。だから、冷静さを保って据わっている奴を片っ端からとっつかまえる。
「どこだ……っ?」
03
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「うるせぇ、とっとと朽ちろ」
甲高い叫びをあげ、悪魔の5体は火柱とともに燃え尽きた。
燠はその様子を見ながら改めて遠い目をしていた。
(……ケイジ(こいつ)、強すぎだろ)
「ギィィィィィ!!」
悪魔は紛いなりにも3人がかりで雪丸に襲い掛かろうとするが遊ばれているかの如く避けられ、燃やされる。
その一連の動作を雪丸は行っていた。
勿論燠も悪魔を退治しつつ、乗客を避難させていたが、退治数は雪丸の方が断然多い。
……というか悪魔が雪丸の方へ集まっている。
低級でも「こいつはやばい」というのがわかっていて、「早く潰そう」と思っているのだろう。
「……オレから言わせると自分で死にに行ってるようにしか見えん」
「あ? 何か言ったか。おい、んなことより何かおかしくねえか」
「もうすでにおかしい状況だけどな」
怪しむ様に目を細めた雪丸に雑な返答を返す燠。
自身の風で悪魔一帯を吹き飛ばした。
いくら人間ではないとはいえ、所詮は低級悪魔。特力や身体をとことん鍛えた雪丸達には為す術もなく、着々と数が減ってきていた。
すると、燠の目の前からゆらり、と恐怖で頭を抱えてしゃがみ込むしかなかった一般人が力なく立ち上がった。
「……おい、まだ危険だ。じっとして……」
「燠!! 今直ぐそいつから離れろ!!」
虚ろな瞳をした一般人に向かって歩み寄ろうとした燠に怒鳴る雪丸。
しかし、その「一般人」は口角を大きく歪ませた。
そして人間とは思えない動きで真っ直ぐ突っ走る。
「——くそ、憑りつきか!」
憑りつき、とは精神的に追い込まれている人間に悪魔が憑りつく名前の通りの行為である。
憑りつく前より力は制限されるが気配は人間自身のものなのでプロのエクソシストでも判別しにくい。憑りつかれる時間が長い程、人間の肉体は崩壊を迎えていくという危険極まりないものだ。きっと、この混乱に生じて悪魔の何体かが一般人に憑りついてしまったのだろう。
すぐさま背中を掴もうと燠は必死で手を伸ばす。
再び、燠の背後から雪丸の叫ぶ声が響き渡る。
「違ぇ!! 右だ!!」
「なっ——……」
次の瞬間、その言葉通り一般人に憑りついた悪魔はグン、と右に曲がった。
標的は——年端のいかない少女。悪魔は純粋で清らかな魂を好むとされている。幼い子供は善悪の判別も着きにくい代わりに素直で純粋な場合が多い。
悪魔は——本能的に「美味しい魂」を欲したのだろう。
「止まれ!!」
燠は捕えようとするが、今の速さだと少女に近い悪魔の方が圧倒的有利。
迂闊に風を出せば少女に危害が及ぶ。
だけど、このままでは確実に少女の魂は食べられてしまう。
「——燠ぃ! 暫く後のことはテメェに任すぞ!!」
雪丸はそう言うと、一瞬にも満たない時間で燠の横を通り過ぎた。
そして、少女に伸びていた悪魔の手を弾き飛ばし、燃え盛るような炎を全身に纏わせる。
新幹線の窓——いや、壁を大きく破壊すると、悪魔ごと外へ2人とも落ちていく。
投げ込まれた少女を抱きかかえると燠は慌てて壁際に走り寄る。
「ケイジ!!」
もう、雪丸の姿は見えなくなっていた。
あたり一面雪、雪、雪。白銀の世界だった。