複雑・ファジー小説

Re: 最強の救急隊  ( No.35 )
日時: 2019/03/15 20:25
名前: ルビー (ID: YGRA.TgA)

「お母さん〜〜っ!!」
「茉莉!!」

 先程襲われかけた少女は恐怖の糸がプツリと切れたのか、大泣きしながら母親に抱かれていた。
 燠はすぐさま母親と少女にお礼を言われたが、正直上の空だった。
 答えは明白。雪丸が新幹線から落ちていったからだ。
 一応、周りを確認したが先ほどの混乱が嘘のようにパタリと悪魔が出なくなった。

(……悪魔の追加はない。ナルが術者を倒したんだな)

 ぐったりしたように、燠は開いていた座席に座り込む。
 改めて車内を見渡す。ジュースやら弁当やらであたりはごちゃごちゃ。
 嘘みたいな事件でも夢ではないと再認識させられる。

「燠君! よかった、もう悪魔は出ないみたいだね」
「ナル……」

 はー、と成葉は隣の車両から安心したように出てきた。
 ぐい、と成葉は燠の目の前でロープでぐるぐるに巻かれた妙齢の女性の首根っこを掴みながら突き出した。
 顔面はボコボコ、鼻の穴からは血が出続けている。恐らく彼女が徹底的にぶちのめしたのだろう。

「この人がさっきの事件の首謀者だったみたい。ブツブツ呪文唱えてたからすぐわかった——けど、素人に毛が生えた程度だったから多分誰かに雇われ……日雇いみたいなものだったのかも。……あれ、雪ちゃんは?」

 雪ちゃん。その言葉に思わず燠は息をのんだ。
 どう話せばいいのかわからなかったし——まず、生死を確認できない。
 しかし、立場上役職柄、偉いのは成葉だ。新人且つ見習いの燠は報告するしかなかった。

「……それが……」



04
「そっか、雪ちゃんがそんなこと」
「……悪い。オレが憑りつきに気が付けなかった。いや、さっきだってケイジが憑りつきに気が付いて、子供を助けたんだ。オレは、何もしてない」
「燠君!!」

 しどろもどろになる燠。自分でも何を言ってるのかわからなくなっていた。
 その刹那、成葉は両手で思い切り燠の頬を挟み込んだ。
 パアン、ととてもいい音が響き渡った。というか正直とても痛い。燠自身顔が亡くなったのかと思った。

「慰める気ないから言っておくけど、今回のことは燠君悪くないから。雪ちゃんが考えて行動して勝手に落ちていった。それに雪ちゃんは何大抵の事では死なないし殺せない。どうしても悪いって言うならこんなことした首謀者が悪いに決まってるだろ! ついでに言うとわたしたちはもう目的地にしか行けなくなった。このことはもうみぞれちゃんも気が付いてる。乗客を降ろしたらすぐにむつ市に向かうからね!」
「……でも、オレは……」
「ええい、どうしても気が晴れないなら次に挽回しろ! わたしを楽させて!!」

 迷いのない、彼女の言葉。
 気遣っているわけでもなく、嘘をついているわけでもない。
 ある意味情け容赦ない言葉だったけれど、燠は少しそれがうれしく感じてしまった。

「——わかった。次こそは役に立てるように頑張る」
「あー、うん。それでいい。それでさ……」
「? 何だよ、ナル。気になることでもあんのか?」

 先程までの威風堂々としていた彼女とは打って変わって申し訳なさそうな、青い顔になっていった。

「……むつ市まで案内して下さい」
 

Re: 最強の救急隊  ( No.36 )
日時: 2019/03/19 19:02
名前: ルビー (ID: YGRA.TgA)

「……青森支部の本拠地は青森市だろ? 何で最北端のところに行くんだ?」

 ガタン、と軽く揺られながら成葉と燠はバスに乗っていた。
 あれから燠が必死にバスや電車を調べてようやくむつ市まで来たのだ。
 周りは森、森、森。緑一色で車どころか人の気配の無さそうなところをバスは走っている。
 持ってきていた地図を見合わせながら燠は怪訝そうに言った。

「……青森支部には他の所とは少し違うところがあってな。さっきついたむつ市——まぁ、向かう先は恐山っていう山なんだけどさ」
「山? 隊長に会いに行くんだろ?」
「わたしもみぞれちゃんに聞いた事しかわからないけど。青森の最北端、つまり恐山は昔から日本で最も霊界に、いや、死んだ者の魂が集まる場所だと言われてんだ。でも集まるだけじゃ魂は霊界(むこう)には行けない。だから導くために年に一回、みぞれちゃんたちはむつ市に行って儀式を行うみたい」

 成葉はそう言って窓の外から見える遠い山らしきものを「ほら、あれ」と言って指さした。
 一見、普通の山に見えるが先ほどの話を聞いて何だか恐ろしいものに見えてきた。

「今日がその儀式の日。だからわたしたちが呼ばれたの。雪掻き要因と人手不足の青森支部を手伝うために。……まぁ、無いとは思うけど万が一導いてる魂が暴走したら止めてほしいってのもあったんだろうよ」
「場所によって隊がやってることも違うんだな……」

 しみじみと呟く燠。
 すると、車内から『恐山入り口前』とアナウンスが鳴った。
 成葉は止まるためのボタンを押す。しばらくして目的のバス停に辿り着き、お金を払ってバスから降りた。

「こっから歩きかぁ〜。雪が多いっ! ちょっと遠い! キツイ!」
「スマホ情報からだと今−5度だぞ」
「げぇ〜〜〜っ!!」

 マイナスな燠の言葉に顔を青ざめる成葉。
 しかし来てしまった以上は仕方ない。歩くしかないのだ。
 成葉は意を決したように、頬を叩き、ズンズン前を歩いていく。
 燠はバスから見たよりも大きく見える恐山を見上げた。

(……長兄も、恐山(あそこ)にいるのかな……)
「何してる燠ぃ! 止まってたら凍死するぞっ!!」

 大声で叫ぶ成葉に慌てて我に返り「今行く」と軽く返事したのち、慌てて彼女の後を追いかけた。





05
「やっと……着いた……!」
「恐山“周辺”だ! まだ着いてない」

 鼻を真っ赤にしながら成葉は嬉しそうに呟いた。
 バスから降りて20分。冷たい風と10センチほど積もった雪に耐えながらようやく目的地である恐山周辺までたどり着いた。
 行くべき場所はある屋敷。見たらすぐわかるので成葉は辺りを見渡す。

「……おい、ナル」
「ん? もう屋敷見つけたの? さっすがエルフ目もいいんだね——……」
「違う。恐山ってのは地獄みたいな場所なのか? 本当に、あんなところに死んだ魂が集まれるのか?」

 燠の声が震えていた。
 その異常さにすぐさま成葉は気が付いた。
 燠に「ちょっと此処にいて」と言い残し、高い木々に俊敏な動きで登る。
 そしてすぐに燠が言っていたことを理解した。

「何だ……これ……」

 成葉が「これ」と言った光景。
 それは、まさしく地獄の様な光景だった。山一帯を覆うような赤い炎。
 無残に燃えて黒くなった木々。まだ雪や氷は残っているが、あらゆる生命というのを感じられなくなっていた。
 炎は今もなお勢いが衰えない。
 それに加えて、成葉は目の前の光景にとても見覚えがあったのだ。

「こんなの……繋の時と一緒じゃん……! 何でだ……っ」