複雑・ファジー小説

Re: 最強の救急隊  ( No.37 )
日時: 2019/03/21 18:46
名前: ルビー (ID: YGRA.TgA)

「……少なくとも、燃えてなかったでしょ……っ」

 パチパチと音を立てながら、山は、燃えていた。
 いくらあまり縁起の良い山ではなかったとはいえ、このような悲惨な風景ではなかったはずだ。
 明らかに不気味で不自然な現象だ。
 成葉は生唾を呑み込みながら、登っていた木から飛び降りる。

「……こうなっている以上『氷室みぞれ』たち隊員はどこかへ避難、あるいは行方不明の可能性が高い。どうする?」
「……うーむ」

 燠が言う通りであった。まさかこのようなことになるとは微塵たりとも考えていなかったので思わず頭を抱え込む。
 万が一にもこの地獄のような炎の空間に人間が留まっている可能性はない。
 雪丸とも逸れてしまった今、連絡手段はない。かと言って、浅草の第7隊に連絡もしたくはない。
 おそらく連絡すると花緒と繋は増援を送る、或いは自らが来てくれるであろう。
でもそれは浅草の守備を薄くさせるのと同義だ。あまり得策とは思えなかったのだ。

「——……だったらオレの意見に乗ってみねぇか」
「燠君の? 考えがあるの?」
「ああ」

 先程の光景を見てからあまり口を開こうとしなかった燠が静かに頷いた。
 特に考えがあるわけではなかったので、成葉も同意するように大きく頭を上下に振った。

「まず、オレたちは情報又は状況を知るべきだと思う。この炎が人為的な物か自然の発火……とは考えにくいがそれすらもわからないからな。情報を収集すべきだ」
「言われれば確かに」
「それに山がこうなっているのに他の人が騒がないのも、消火活動も行われていないのは不自然すぎる。まずは山に残って探索。もう1つは町に行ってどんな状況になっているのかを調べる必要がある。今のところさっきみたいに襲い掛かってくる奴もいないし」

 成葉も異論がないのだろう、再び大きく頷いた。

「でも2人でやってたんじゃあ時間がかかりすぎる。かなりの無茶だけど二手に分けて調べよ」
「ああ。オレは山に残って探索する。……オレの金髪は青森じゃ目立つみたいだしな。街の方はナルに任せる」
「わかった! 待ち合わせと時間は?」
「5時間後に、ここで。もしも迷ったらオレの風を飛ばすよ」




05
「はっ」

 成葉と別れてから数十分後。燠はギリギリまで山を燃やしている炎へと近づいていた。
 そこらへんに落ちていた木の棒を乱暴に炎の中へと投げ入れる。
 すると、木の棒は枯れたようにぱっきりと黒く変色し、木端微塵に折れていった。燃えた、のではなく。

「燃えない……? この炎、間違いなく自然に発火してわけではないな。わかってたけど」

 燠は少し驚いたようにまじまじと目の前の炎を見つめる。
 燃えないとは言っても質量や、物凄く熱い温度までは炎とほぼ同じだというのに。

「遠目から見たらケイジと同じぐらい……、いや、それ以上の炎の特力を使う人間がいると思ったがそんなホイホイいるものでもないよな」

 炎の事は少しわかった。
 けれど、それだけだ。燠はさらなる情報を求めて止めていた足を再び動かそうと、一歩踏み出した。
 その瞬間、だった。

「——っ!!」

 パン、という乾いた音とともに、燠は反射的に左に避けた。
 避けた瞬間、後方の木に何かが当たり、ミシミシと音を立てて木が倒れていった。
 もし燠が避けなかったら大怪我では済まなかっただろう。
 燠はすぐさま立ち上がり、草木が生い茂っているすぐ目の前に飛び込んだ。

(……今の、狙撃銃か!? くそ、何だってこんな時に。でも悠長にしてたら次の銃弾が飛んでくるぞ……!)

 大木に背中を預け、銃弾の位置を把握しようと少しだけ顔を出す。
 すると、燠の真横スレスレに再び銃弾が飛んできた。

「ぐっ!!」

 この位置だと狙撃する方はかなり視界が悪いはずなのに、寸分狂わず燠を狙ってきたのだ。
 素人でも凄腕の狙撃手(スナイパー)だということが理解できる。

「敵、か……!? けど、オレはこのまま簡単に死んでやるわけにはいかない」

 燠はそう言って、懐から小刀を出す。

Re: 最強の救急隊  ( No.38 )
日時: 2019/03/27 20:25
名前: ルビー (ID: YGRA.TgA)

場所は変わって、燠から数百メートル離れた二時の方向。
 視界の悪い茂みの中に1人の少年がいた。
 見た目は14歳ぐらいだろうか、学生であることを証明するような黒い学ランの上に羽織っている外套が特徴的だ。
 極めつけは両手に持っている少年の身丈ほどありそうな狙撃銃。
 少年は淡々と、無表情になくなった弾を入れ替え素早く燠を狙う。

(……排除、しないと)

 スコープから燠の様子を伺うと、見計らって再び発砲する。
 燠のいる方も草木が視界を遮り確認をすることはできなかったが、ガサガサと動きがあったため少年が撃った方向にいることはほぼ間違いないだろう。

「おれの銃撃、避けられたのは初めてだな。人間じゃない」

——……次こそは。
——次こそは、当てる。




06
「この銃弾、普通のじゃないな。異形を殺すことに特化したやつだ。……これを見たのは外国にいた暫くぶりだな」

 何とか拾い上げた銃弾をまじまじと見つめる燠。
 それと同時に少し背筋が凍った。この銃弾はさっきも言った通り、異形を殺すのに特化している。それに加え、扱っている人間はかなりの手練れだ。
 この銃弾を見たのは浅草に来る前——つまり、外国にいた時に見たの以来だ。
 相手の位置が分からない以上、燠が不利なのは一目瞭然であった。

(……うかうかしてると嬲り殺しだな)

 燠は銃弾を宙に放り投げ、キャッチすると、勢いよく走り出した。
 彼が走り出した先は、炎と雪が疎らになった広地——つまり、少年から見て自由に撃ちまくれる場所だった。

(あの人、何考えてんだ。自由に撃ち殺してくれって言ってるようなものじゃないか。まあ、いいさ。だったらお望み通りに)

 少年は、今度は違う銃弾に切り替える。
 そしてひたすら真っ直ぐに走ってくる燠めがけて、長銃の引き金を打つ。
 
「……あそこか?」

 燠の目の前を光が横切った。
 その瞬間、地面が爆発したのだ——雪と炎が浮上し、地面は抉れ、隠れていた土が舞うほど凄まじい威力。
 雪も炎も土も爆風によって飛んでいく。
 一般人、いや、並の生命力を持つ生き物なら確実に死んでいる。
 爆発により辺り一帯は煙に覆われ、視界が悪くなっていた。

「おかしいな、死体が飛んでこない」

 少年は違和感を感じた。爆風は収まっていないが、この銃弾は地雷より威力を強めたものだ。いくら体重がある人間だろうと浮かばないのはおかしい。
 その瞬間だった。
 見計らったように燠が魚雷のように少年の方向へ、飛んできたのだ。

「そこ……かぁぁぁぁっ!!」
「そんな、そんなおれの爆風を逆手にとって……!? 一歩間違えれば大怪我じゃすまないのに!」

 燠は、自らの風と少年により起こされた爆風を利用して大砲の様に、自分の体を倍以上の速さで進ませた。
 そのまま燠は少年の頭上までたどり着く。
 慌てて少年は頭上にいる燠めがけて発砲した。銃弾が燠の頬をかすめる。
 燠は、少し前の事を思い出していた。

(……まさかここで平隊員として培ってきたことが生かされるとは)

——なあ燠、オメェ、ハーフエルフだからあまり肉弾戦はできんだろう。
——ああ、エルフ自体筋力はあまりないし、オレ自身もハーフと言っても一般男性かそれ以下ぐらいしか力はない。
——確かにオメェの特力は小回りも聞くし強力だがそれが通じないパワータイプが現れたらどうすんだ?
——ああ、ナル達みたいな化け……じゃなくてパワータイプの事も考えるとやっぱり戦うよりもいったん引いて援軍を待った方がいいと思うんだ。
——まあ間違っちゃあいねぇよ。ただ、それだけじゃあつまらんだろう?





07
「平岡直伝!! 『縦四方固め』!!」

 説明しよう。
 燠の先輩であり、同僚である平岡五右衛門(ひらおかごえもん)は平隊員でありながら柔道8段の傑物だ。
 縦四方固めとは柔道技の「寝技」と言われる相手を抑え込む技である。試合で有れば相手に覆いかぶさるように相手の肩から帯を取るものだが——今回は割愛する。
 燠は空中から落ちてくるのを利用してそのまま少年に覆いかぶさった。

「うっ……! うううううううううううううううううっ!!」

 少年は苦しそうな顔で抵抗するが、燠はピクリとも動かない。
 まず、少年と燠では体格の差もあるが、筋力の差もあった。前線で拳を振るわない少年と、平岡と過酷な任務でしごかれた燠とは力では確実に差があった。
 筋肉は裏切らない——と誰もが言う。

「は、なせっ! この……っ」
「大人しくしろ」

 少年は最初こそ勢いよくジタバタしていたが、体力が尽きてきたのか次第に動きが弱くなっていく。
 そして、ついには抵抗する様子も見せなくなっていた。

「……おれの負けだよ。殺せ、情報を吐く気はない。お前達みたいな獣に言うことなんか何にもない。みぞれさんは絶対に負けない」
「……みぞれ?」

 観念したように少年は空を仰ぐ。
 少年の呟いた言葉に思わず燠はキョトン、と目を丸くする。
 すると、背後からギュ、ギュ、と雪を踏みしめる音が聞こえた。反射的に振り向くと、そこには驚いたような顔をする成葉の姿があった。

「燠君? ……と、涼(りょう)君? こんなとこで何してんの?」