複雑・ファジー小説

Re: 最強の救急隊  ( No.39 )
日時: 2019/04/02 21:09
名前: ルビー (ID: YGRA.TgA)

「えーと。こっちのナウなヤングが神原燠。ハーフエルフの新隊員。ほら、少し耳が尖ってるでしょ」

 燠の怪我を軽く処置した後、向かい合っている燠と涼と呼ばれた少年の間に入る形で成葉はそう言った。
 つまるところ、隊員紹介である。
 成葉は燠の耳を見せようと髪をかき上げると、涼は「本当だ」と小さく呟いた。

「それでこっちの雪ん子スナイパーが白雪涼(しらゆきりょう)。雪ん子と言っても雪女や雪男と役割は殆ど一緒だけど、第3隊の隊長である氷室みぞれの部下で第一補佐。今年14歳なんだって」

 今度は涼を指差しながら成葉はそう言った。
 どうして成葉がお互いの自己紹介をしているのかって? それは、燠と涼が超の付くほど人見知りだからであった。
 燠は「……そうか」と呟き、冷たい空気が流れる。冬だけに。
 すると、涼は申し訳なさそうに眉を顰めると、

「……ごめんなさい。第7隊って藍色の半纏が特徴的だったし、成葉先輩でも慶司さんでもなかったからさっきの——敵かと思ったんだ」
「新入りだから応援を経験させたいという思いが裏目に出たか……」
「それにこんな寒ぃのに半纏だけじゃ凍死するしな」
「こらっ、燠君!」

 空気を読まずに言い放つ燠に成葉は渇を入れる。
 ますます涼は申し訳なそうに「ごめんなさい」と再び呟いた。

「——まあ、そんなことよりも今『敵』って言ったな。敵ってどういうことだ? もしかしてこの炎と何か関係あるのか?」
「…………」

 燠の問いに、涼は一瞬、息をのんだ。
 成葉も続けて、

「わたしも、町に行って気が付いたことがあるよ。でもまずは涼君から話を聞いてからだ」
「正直、おれにもわからないんだ」

 ポソリと涼はそう言った。

「今日は儀式の日だから恐山(ここ)でいつも通りに準備をしてたんだ。途中で慶司さんが新幹線の襲撃で行方不明になったって電報で聞いたから、第3隊(おれたち)も事態の収拾をしようとしてた時に急に燕尾服を着た男が現れた。……あのみぞれさんが気が付けなかったんだ。男が目の前に現れるまで」
「そんなにみぞれって奴は気配に敏いのか?」

 一瞬、怪訝な顔をした燠は成葉の顔を見上げる。
 静かに頷くと未だに信じられないような燠を窘める様に言った。

「みぞれちゃんは神様のハーフ。神様ってのは生き物を常に見渡せる。探知の範囲じゃなくてね。純血の神様ほどではないけどみぞれちゃんは生き物の把握が並じゃない。そんな彼女が見落としたってことは……」
「生き物、つまり、人間じゃないって、こと?」

 ふと、涼がたどたどしく呟いた。
 それは燠を始め、みんなが思ったことだ。
 しかしそれはどうしても口には出したくなかったし、考えたくもなかった。

——生きていない人間が存在するなんて、有り得ないじゃないか。

Re: 最強の救急隊  ( No.40 )
日時: 2019/04/10 21:16
名前: ルビー (ID: YGRA.TgA)

「……そういえば、みぞれは……。他の隊員たちはどこに行ったんだ? 避難してるのか?」
「ううん。男は急に現れては爆弾で恐山(ここ)を地獄にしたんだ。爆風で周り見えなかったからみんなはどこに行ったのかわからないし、まず生死もわからない」

 燠の問いに、涼は悲しそうに答えた。
 その返答にどうすればいいのかわからず、燠は口を閉じてしまう。
 すると成葉はスッと手を上げると、珍しく真剣な眼差しで2人を見る。

「変なタイミングになったけど、わたしから。町に降りたら異常は一目瞭然。住民・異形もれなく全部活動していなかった——というか『時間が止まってる』みたいに動きが止まってた。パントタイムみたいに」
「……やっぱり、そうか」

 成葉の言葉を聞き、納得したように燠は立ち上がった。
 驚くと思っていたのに意外と冷静で逆に成葉が面食らって、慌てて立ち上がる。

「えっ。何で冷静なん。普通驚かない?」
「炎、見てみろ。今、風は吹いてない。でも、酸素はある……にも拘わらずあちこちの炎が勢いよく動いてる。けど、燃え広がってはいない。普通の炎なら絶対にありえない」
「それってつまり?」
「町の人間と同じく恐山も時間が止まってるんだよ」

 呆れたように長いため息をつく燠。
 その言葉に思わず一瞬、成葉は息を止めた。
 時間を止めるなんて馬鹿げた神業、誰ができるというのだ。

「時間を止めるって言ってるけど、それは禁術だよ。三大禁忌の一つ。一つは命の永続、二つは命の復元、最後は——……時間の使役」
「わかってる」
「そんな所業、神にしかできない! 神原さんは神がこんなことしたっていうの?」

 取ってかかる勢いで、涼は燠に攻寄る。
 燠は唇をかみしめながら目線を逸らすだけだ。恐らく、彼にもこのことを完全に把握できていないのだ——何しろ証拠も時間もないのだから。
 成葉は2人の間に入るように、口を開いた。

「それと、あと一つ。人間自体動いていなかったから直接情報収集はできなかったけど、建物の中には入れた。不法侵入になっちゃうけど今回は不可抗力ってことで! はい、これ」
「……これって……」

 成葉が差し出した黒い手帳を受け取る。
 軽く手帳のページを捲ると、何行か文が記されてあった。
少し悲しそうに涼の頬が赤くなった。

「ダメもとで青森支部仮設施設に行ってみたんだ。案の定崩壊してたけど、たまたま転がってたから拾ってきた。役に立つかどうかはわからないけどさ」
「この字……晶馬さんの……」
「……おい、2人ともあれ見ろ!」

 急に弾ける様な声を上げた燠。
 2人は思わず反射的に燠が指差した方向を見る。その視線の先にはこの場所には似合わぬ白いセーラー服とばっちりセットされた髪を靡かせる女、であった。
 女は真っ直ぐ、前を歩いていく。
 涼は思わず勢いよく立ち上がった。

「みぞれさん……!」