複雑・ファジー小説

「女王陛下に知らせますか?」第一章⑥更新 ( No.11 )
日時: 2016/11/10 21:03
名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: dPcov1U5)

「実は、ハリエット女王の王配殿下、ノースロップ公爵ウォルター卿は、その諜報部に属していたといわれているの。それで、その亡くなった王子の隠し子がどこかで生きているかもしれないというかすかな噂を頼りに国中を探しあげ、ライトホールドの王位継承戦争に終止符を打った、と」
 ご自身も、まさか自分が見つけ出した王子の隠し子の夫となるとは思ってなかったでしょうけどね、とトゥルーディは微苦笑する。

 確かにそうだと、アリスも笑った。笑ったが、どこか釈然としない気持ちも抱えていた。
 物知りの彼女から語られた女王の出生の秘密は、物語のようで、まるでアリスたちが演じる演劇のようで、心躍る内容ではあった。いいかえればそれは、作り話といわれても納得するものでもあるのだ。

「バンクロフトが、こちらに有利に作り上げた作り話じゃないの?」
 アリスはトゥルーディに問うてみた。

 ほんの一瞬キョトンとしたトゥルーディだったが、彼女はすぐにアリスの疑問に気づいたのだろう。優雅に微笑んで、
「アリスの髪は、癖のない綺麗な金茶色ね。目も、澄んだ茶色」
 と、突然アリスの容姿を口にする。

「あ、あの、トゥルーディ……?」
「わたしは見てのとおり、黒の巻き髪で、目の色は青」
「そ、そうだけど……、なに? トゥルーディ。なにをいっているの?」
「いったでしょう? ハリエット女王は、そのまま村で育てたら災いの種になるほどの、王家の特徴を持っていた、って」
「うん」

「女王はね、銀髪に薄い青の瞳、そして紙のように肌をしているの。文字通り、頭の先から足の爪まで真っ白なのよ」

 アリスは思わず窓の新聞を見た。そこに写る女王はたしかに白かった。光加減で映った薄い影と、口紅、帽子、纏っているドレスの色のためにかろうじて輪郭がつかめる程度だ。そのはかなげな美貌が、そのまま新聞の紙に溶け込んでしまいそうだった。

 トゥルーディも横目で新聞を眺める。
「ライトホールドの王族には、代々、こんなふうに全身真っ白な子どもが生まれやすいのですって。亡くなった女王のお父さまも、おじいさまもやはり真っ白だったと聞くわ」

 アリスはふたたびトゥルーディに顔をむけた。トゥルーディがハリエット女王を見つめる視線に、羨望の光が宿っているように見えた。
(羨ましいのかしら?)

 トゥルーディは、女王のことを、世界でもっとも幸福な十七歳の女の子と称した。しかし、話を聞くだに、アリスには、とてもそうとは思えない。
 正直にその気持ちを打ち明けたとき、トゥルーディは声をあげて笑った。

「確かに、両親はすでに亡くされていて、本来であれば修道院で静かに終える一生だったかもしれないものね。いままでは世界でもっとも幸福とはいえなかったかも。でも、アリス、彼女は女王なの。その食卓には耐えることなく美味しい食事が並び、一度袖を通すと破棄するドレスを何十着と毎年作るのよ」
「それは素敵」
 でしょう、とトゥルーディは続けた。

「でも、もっとも幸福なのは、初恋の男性と結婚したことかしら?」
 アリスは恋をしたことがない。それでも、トゥルーディの言葉の重さは、じゅうぶんに伝わってきた。

 いつか素敵な男性と恋に落ち、愛し合って結ばれる。
 それがどんなに夢物語か、お芝居の中の出来事でしかないか、アリスたち年頃の少女たちはみな知っている。貧しい家の女の子たちは、アリスのように借金のかたに嫁がされたり、牛や馬のように売買されたりする。裕福な家の女の子たちも、家のために結婚したり、あるいは罠にはめられ、結婚することもできず、何人もの男たちの愛人として生きるのがほとんどだ。

 でも、ハリエット女王は違う。初恋の男性に自分との結婚を命令し、そしてその人の妻となった。

「綺麗なドレスを着ることも、美味しい食事が食卓に毎日並ぶことも、アリスもわたしも、望めばできないことじゃないわ。でも、好きな人と結婚することなんて夢でも無理。そうでしょ?」
「……そうね」

「だから、世界でいちばん幸せな十七歳は、ハリエット女王よ」