複雑・ファジー小説

「女王陛下に知らせますか?」第一章⑦更新 ( No.12 )
日時: 2016/11/11 21:55
名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: dPcov1U5)

 ふたりで、どれくらいのあいだ、新聞に掲載されたハリエット女王の写真を眺めていただろう。
「……そろそろ戻らないと」
 トゥルーディが、少し疲れたような声でそういった。

 彼女は、娼館に縛りつけられている身の上である。本来ならこんな昼日中に出歩くことなど許されていない。逃亡や客との駆け落ちを警戒した店の者に、四六時中見張られて過ごすのがあたりまえなのだ。
 だが、彼女はすでに自分の身を自分で贖えるほどの稼ぎをあげているうえに、サイを含め、何人かの金払いのいい客を掴まえている稼ぎ頭だ。彼女の自由を縛ることによって、より条件のいい店に移られることを恐れた女将から特別に、週に一度、数時間だけ自由な外出を許されているのだ。

「あたしも戻らないと」
 日が少し傾きはじめている。もう少し低くなれば、アリスもトゥルーディも、ただの十七歳でいられなくなる。一方は女優に、もう一方は娼婦に——現実に戻る。

 同じ歳の友人のいないアリスは、名残り惜しさから友を引き留める。
「……次は、いつ会える?」
 トゥルーディは振り返った。来たときと同じように、優雅に音もなく去っていきかけた彼女は、少し考えるような顔をして、
「二か月後、くらかいしら」
 という。

「ええ? そんなに先なの?」
「ハリエット女王の来訪が終わるまでは、しばらく自由がないみたいなの」
 思わず漏らした不平に、トゥルーディは教えてくれた。
「ライトホールドは、建前上、七王国すべてに対して平等でなければならないの。でも、女王がノースロップ公爵と結婚したことによって、バンクロフトが他の六王国に一歩抜きんでた形になってしまったでしょう? それを面白く思わない国がなにかするかもしれない」

「なにかって……」
 いいながら、アリスは気づいていた。それが、女王暗殺を意味していることを。
 修道院出身の清らかで美しい女王は、即位から四年の間に、自国民の支持を一身に集めている。そんな彼女の身になにかあれば、バンクロフトとライトホールドの間で戦争がはじまってもおかしくないのだ。

「まさか、そんな」
「まあ、そんな滅多なことは起こらないでしょうけど、娼館は、比較的そういう情報のたまり場になりやすいし、娼婦を連絡役にするものもいるの。だから、ハリエット女王を無事国に返すまでは、わたしたちは外出禁止なのよ」
 じゃあね、と名残りのひとつも見せず、美しい親友は去っていく。

 そのしゃんと伸びた背中を目で追いながら、アリスは物思いにふけった。
 ハリエット女王とトゥルーディ、そしてアリス。
 同じ十七歳というのに、どうしてこんなに立場も、生い立ちも、現状も異なるのだろう。そして、
(あたしだけ、なんだか中途半端)
 十七歳の女の子を演じさせたらアリスが一番だといわれるようになれとトゥルーディはいったが、いいかえればそれはアリスがまだまだ未熟で実力もないまま主演女優を演じているということだ。

 同じ歳の女の子が、ひとりは女王として、ひとりは娼婦として胸を張って生きているのに。
(あたしだけ、だめだなぁ……)
 ため息が、秋の気配を孕んだ風に攫われていった。