複雑・ファジー小説

「女王陛下に知らせますか?」第2章①更新 ( No.14 )
日時: 2016/11/14 21:43
名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: dPcov1U5)

 二ヵ月後を待つことなくトゥルーディとの再会が果たされたことを、アリスは喜ぶべきかわからなかった。
「アリス。どうしよう、わたし、とんでもないことを聞いてしまったわ」
 そういう親友の顔が、目に見えて青ざめていたからだ。


 ライトホールド王国国王ハリエットの来訪を九日後に控えたその日、アリスがはじめて主演を務めた舞台が千秋楽を迎えた。

 ウィングフィールド伯の酷評のおかげで皮肉にも客入りがよく、また思ったより悪くないという他の批評家たちの言葉もあって、満場総立ちとまではいかなかったもののじゅうぶんな評価と収入を得た夕星座は、次回作の準備期間はいるため、これから少し休みになる。

 その翌日は昼の仕事も休みをもらっていたため、同居人のミアが恋人の許に行った後、溜め込んでいた洗濯物や部屋の片づけなどをすませてしまったアリスは、正直、暇を持てあましていた。

「こんなにゆっくりするの、何日ぶりだろう」
 酷評された悔しさに吠えたり、親友に目指す場所を示され決意を新たにしたり、嘲笑う視線にさらされ心がくじけそうになったり。
 思えば、心も体もずいぶん忙しい一ヵ月間だったと思う。
(願わくば、次の稽古に入るまでぐらいは、心穏やかに過ごせますように)

 思わずそんな願い事を神さまにしたその夜、
「アリス、いる?」
 突然降りだした強い雨の音にかき消されそうなほどちいさな声が、ドアを叩く音が、親友の——トゥルーディの訪問を告げた。

「……トゥルーディ……?」
 何度となく手紙のやりとりを行っていたので、ここの住所は知っていただろう。それでも彼女がこのボロアパートにやってきたことはない。
「……」
 気のせいかと聞こえないふりをするには暇すぎて、また美しい親友が恋しくてアリスが部屋のドアを開けたとき、果たして彼女はずぶ濡れでそこに立ち尽くしていた。

「トゥル……!」
 驚きに声を上げかけたアリスの口を、彼女の濡れて冷たい手が塞ぐ。
「静かにして、お願い。中に入れてくれる?」
 有無を言わさぬ強いまなざしに、アリスはうなずく。そして、トゥルーディの手のひらが外れると同時に、急いで身を翻した。

「入って! なにか吹くもの持ってくる」
 取り込んだままミアのベッドに積み上げたままの洗濯物の山の中から毛布を引っ張り出すと、部屋に入ったところで呆然と突っ立っているトゥルーディをそれで包み込む。

「こんなにびしょ濡れで! どうしたの、トゥルーディ。あなた、仕事中じゃなかったの?」
 髪の滴を乱暴に拭きとりながら、アリスはその親友に小声で問いかける。娼婦である彼女が夜にひとりで出歩くなどあってはならないことぐらいアリスも知っている。ましてやこんな大雨の中を、だ。

 しかし、トゥルーディは押し黙ったまま、アリスにされるがままになっている。まるでただならぬ事態に遭遇して、心が体から離れてしまったかのようだ。
「……」

 アリスは答えを諦めた。それよりもまずトゥルーディの濡れて冷え切った体をなんとかすることが先決だ。
 節約のためめったに火を入れない暖炉に火を熾し、濡れた服を脱がす。裸になった彼女の豊かな肢体に毛布を巻き付ける。暖炉の前に椅子を置き、そこへ座らせると、水を張った鍋を火にかける。

 そうして、ようやくアリスはトゥルーディの足元に腰を落ち着けた。
「……」
 それからどれほどの間ふたりが沈黙していたのか、アリスは覚えていない。
 頼りなく揺れていた火が熱と明かりをゆっくりと周囲に届けはじめた頃、ぽつりとトゥルーディが呟いたのだ。

「アリス、どうしよう、わたし、とんでもないことを聞いてしまったわ」

と。