複雑・ファジー小説

「女王陛下に知らせますか?」第2章③更新 ( No.16 )
日時: 2016/11/16 21:58
名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: dPcov1U5)

 慌てて彼女の許に走り寄る。抱き起そうと触れた体はすでに冷たく、彼女がもうこの世の人ではないと伝えていた。

「……なに…、なにがあったの……?」

 答えの戻らない問いかけが口をついて出る。目の前にあるものを現実として受け入れたくない気持ちが、アリスから言葉を、感情を、ひととき奪い取っていた。

 ——なぜトゥルーディは血だまりの中に横たわっているのだろう。

 うつ伏せになった彼女の背には、赤い大きな染みがある。そこから流れ出た血が彼女を伝い、床に広がっていったのはわかった。
 だがどうして彼女が死んでいるのか。それがどうしても理解できなくて、ふたたび彼女に手を伸ばす——伸ばそうとして気づく。

「……?」
 トゥルーディの右手が伸びていて、その指先が自身の血で文字を綴っていたことに。

「S、A、I……?」

 そのときのことだった。
「ハーイ、アリス! いい子でお留守番してた?」
 場にそぐわない陽気な声が背後からかけられる。
 不意に現実に引き戻されて振り返ったのと、同居人ミアが悲鳴をあげたのは同時だった。

「どうしたの、部屋がぐちゃぐちゃ……荒らされているじゃない! いったいなにがあったのアリス……!?」
 ミアの目がトゥルーディの姿を捉えた。
「……ミア、」
「——人殺し!! まさか、あんたがやったの、アリス!?」

「違、違う、あたしじゃ……」
「誰か、誰か来て、人が殺されている! アリスが人を殺したわ!!」
 騒ぎ立てる彼女を落ち着かせようと立ち上がり近づく。しかし今度は自分が襲われると思ったのか、ミアは即座に身を翻し、ボロアパート中に響き渡る声で叫んだ。

「違う! 違うのよ、ミア。お願い、落ちついて、話を聞いて!!」
 アリスの懇願も打ち消す悲鳴をあげながら、ミアは階下へ駆けおりていく。声を聞きつけた住人たちが部屋のドアを薄く開け、何が起こったのか不審そうに視線をむけてくる。

「あ、あたしじゃない!!」

 アリスはその場を逃げ出した。