複雑・ファジー小説

「女王陛下に知らせますか?」第一章④更新 ( No.9 )
日時: 2016/11/08 21:22
名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: dPcov1U5)

「そうと決まれば、十七歳の女の子ってやつを極めてやるわ。ね、トゥルーディ。貴方の思う理想の十七歳の女の子ってどんな女の子? 世界中の女の子が憧れるような、そんな女の子」
「……そうねぇ」

 トゥルーディは考えるように口元に手をあて、少し黙り込んだ。そして、ふと目線を、なにかを探すように周囲に巡らせた。
「——あった」
 彼女の言葉に、アリスはその視線の先を追う。

 店内がのぞける大きな窓の目の高さに、何枚もの紙が貼りつけてあった。よく見ると新聞の一面のようだった。紙面を埋め尽くすような写真が掲載されたそれの見出しには、
「ライトホールド王国女王ハリエット陛下、ご来訪……?」
と読める。

「いま、世界でもっとも幸せな十七歳の女の子といったら、間違いなく彼女でしょうね」
「そうなの?」
 日中は生活のために仕事をいくつかかけもちして、夜は稽古か舞台に立つ日々を送るアリスは、おのずと世事に疎い。

 女王陛下がなぜ来訪するのも知らなかったし、彼女が同じ歳であることも知らなかった。加えていえばその国が女王を戴いていることも知らなかったし、そもそもライトホールド王国なる国がどこにあるかも正確には知らなかったのだ。

 そういうと、トゥルーディは笑った。
「世相が求めているものを敏感に察知するのも、専業女優の役目のひとつよ。覚えてらっしゃい」
 娼婦は時代のファッションアイコンである。常に流行の最先端を行くものの言葉を、アリスは重々しく拝聴した。
「…………はい」


 ライトホールド王国というのは、北大陸でもっとも古い、歴史のある国なのだという。
 竜狩山脈より北にある七王国すべての王族と血縁関係にあり、またなかでも唯一四か国と国境を接しているため、緩衝国として、攻めることも攻められることもなく、建国以来の国土を保ち続ける奇跡の王国だった。

「そこへ、四年前に即位なさったのが、ハリエット・メアリ・クローディア・ライトホールド女王陛下。わたしたちと同じ十七歳の女の子」
「うわ」
「さっきもいった通り、ライトホールド王家は七王国すべての国の王族と血が繋がっているのね。だから、それぞれの国が、自分の駒にできそうな王位継承者を暗に推すといった内政干渉が、王が他界するたび頻発する国でもあるの。特に、ここ、バンクロフト、そしてオルグレン、ユスタベリ、ハーゲルあたりの内政干渉は迷惑なほど行われているわ」

 親友の思わぬ博識ぶりに目を見開きながら、アリスは、同時に一言も聞き漏らすまいと耳を澄ます。
「でも、おかげでとんだ番狂わせが起こったのが五年前。ハリエット陛下のおじいさまにあたる前国王が他界されたとき、六人の王位継承者があらわれたの」

「……? 王位って、息子に受け継がれるものじゃないの?」
「まず、前国王にお子さまがいらっしゃらなかったの。ふたりの王子と王女がひとりいたのだけど、王子はどちらも結婚する前に他界。王女は国内の貴族に嫁いだけれど、こちらもお子さまを残されないままご病気で長く臥せっていらっしゃるから、とうてい王位など継げそうにない。そこで、前国王の甥や姪などを、周辺諸国がこぞって表舞台に引っ張り上げたの」
「なるほど。でも、なんで六人なの? 他に国は七つあるんでしょう?」
「そうね、その七つ目——つまり我がバンクロフトは、珍しくライトホールド王位継承戦争に乗り遅れてしまったのよ。いっつも、こういう事態にはいのいちばんに乗り込んでいくのにね」
 そういって、トゥルーディはコロコロ笑う。