複雑・ファジー小説

Re:開幕 [7] ( No.11 )
日時: 2017/03/04 00:40
名前: 水海月 (ID: sWaVmrWQ)
参照: 今までテスト期間でした本当に申し訳ありません(土下座)


 一陣の風と共に、魔法陣から「何か」が飛び出した。

 紫色のそれは、一直線に『脅威』の喉元へと跳びかかる。「何か」の、やたらにやけたような口が大きく開くと、そこに光る牙が現れた。『脅威』の鉤爪より速く、鋭く、懐へと入り込む。
 そして「何か」は、『脅威』の喉笛に噛み付き、一気に引き裂いた。響く苦しげな断末魔。『脅威』は顔を歪ませ、あっという間に銀色の砂と化した。光を放ちながら、さらさらとこぼれ落ちる。輝く砂の上に、「何か」は着地した。
 今まで起こった全てが、僅か一瞬の中に収まっていた。

 瞬き一つ程の時間。俺は目で追うのがやっとで、追いつけそうもない速さだった。砂の上の「何か」に目をやる。それはよく見ると大きな猫で、紫と桃の不気味な縞模様。常ににやけたように口角が上がり、やたら余裕たっぷりの動作で毛繕いをしている。俺と目が合うと、俺に向けてにやけて笑う。気味が悪い。思わず鳥肌が立つ。
 視線を外し有栖川を見る。すると、またびっくりするような表情を浮かべていた。

「ありがとう、チェシャ。はい、ご褒美」

 さっきまであんなにぶっきらぼうで激情を露にしていたというのに、笑っていたのだ。薄くではあるが、優しく微笑んでいる。まあ、元々美人ではあるかと少し見惚れていると、更にエプロンドレスのポケットから、可愛らしさとは裏腹に、袋に入った煮干しが出てきた。それを見て猫は嬉しそうに有栖川に駆け寄る。そのギャップに軽く衝撃を受けた。あ、ちなみに可愛らしさというのは衣装の事であって、決して有栖川や猫が可愛いのではない。決して。

「えっと……有栖、川……?」

 声をかけると彼女は、俺の方を向いた。猫に煮干しを与えながら、明るい声色で言う。

「あ、怪我は無いわよね? これはあたしの種よ。【アリス・イン・マーダーランド】」

 煮干しを食べる猫の頭を撫でくり回し、有栖川は続けた。

「二匹の召喚獣を呼び出せるのよ。ちなみに、この子の名前はチェシャ。もう片方はまた今度ね」

 さっきまでの殺意溢れる表情とは正反対の、屈託のない笑顔。驚きと微量の照れとで、体が固まってしまう。何て返したら良いか分からない。そんな俺を不思議そうな顔で見る有栖川。

「どうしたのよ?」
「いや……その……」

 もういいや。言ってしまえ。

「そんな顔も、出来たんだ、って……」





 有栖川の顔がぶわっと赤くなる。急にさっきまでの笑顔はどこへやら、出会った時の仏頂面に戻ってしまった。

「なっ、何よ失礼ね! どうせ無愛想な女だって思ってたんでしょ!?」
「あ、いやそういう訳じゃねぇって……!」

 必死に弁明する中で、一つの確信を得た。
 この少女は、いわゆる「ツンデレ」というヤツなのだ。
 かなり昔に存在したという、女子を分類するジャンル。その中の一つにあるらしい。前に凪紗が言っていた気がする。ツンツンしていて、たまにデレる。それがどうしたのかよく分からないが、そういうのが好きな人もいるんだろう。
 なんて下らないことを考えていると、やがて有栖川が鋭いため息をついた。

「……もういい。行くわよ」

 そう言ってすたすたと歩き出す。余計な一言で気まずくなってしまった。気を紛らすためにチェシャを見ると、なぜかいつの間にかいなくなっていた。
 首をかしげながらチェシャのいたところを見ていると、どこからか視線が突き刺さるのを感じる。それを辿ると、俺の事を睨んで待っている有栖川が居た。扉を半分開けて待っている。

「悪い」

 俺も歩き出そうとして、少しだけ振り返った。フェンスの向こう側を、この荒れ地を、目と心に焼き付ける。いつか、この東京を救いたい。救える日が来るといい。
 そして、屋上に背を向けた。

 銀色の砂は、風に吹かれ跡形も無くなっていた。