複雑・ファジー小説
- Re:開幕 [3] ( No.4 )
- 日時: 2016/12/04 23:58
- 名前: 水海月 (ID: sWaVmrWQ)
「そう、『脅威』は、御伽噺の怪物達が具現化したものなんだよ。例外もあるけど」
「……何で、そんな事が」
御伽噺から、何故か自然に怪物が創り出された、という説明では物足りない。
……そう。
「……誰かが、意図的に生み出した、とか?」
そうじゃなきゃ、どう説明するんだ。どうやって創ったかは置いといて、だけど。そうじゃないと不自然過ぎる。もしあんなのが自然現象で生み出されたものだったら、この世界の摂理はちょっとどうかしている。
頭の中にぱっと浮かんだことを言うと、笛吹は少し瞳を開き、前屈みだった体を起こした。
「君って鋭いなぁ……その通りかな。誰かは判明していないけど」
「どうして……」
「解らない。でも、そいつ等は俺達にとって倒すべき敵だ。それは確定事項だね」
笛吹の目がきらりと光を放つ。
「それと、種について。説明が長くなるけど、いいかな?」
種。笛吹は、それを埋め込まれた、と言っていた。凪紗の、あの竜と関係があるんだろうか? 何の事かはさっぱり分からないが、ここまで聞いたらもう聞かなければいけないという思いに駆られ、頷く。それを見て、笛吹は話し始めた。
「……『脅威』がオクタマに現れ、周囲の地区を侵していった。一つだけ奇妙なところは、その領域はどれだけ広がろうと、絶対に東京を出ないこと。……政府は焦った。都の中心部まで来られたら、日本の政治が崩壊してしまうと。しかし、どんなに強力な最新兵器でも、奴等を倒すことは出来なかった。しかし、政府が四苦八苦している間に、ある人々が動いていたんだ」
「……ある人々?」
「そう。それは、『脅威』と御伽噺の関係性に気付いた科学者達。まあ、いわばマッドサイエンティストってやつかな。そしてその人々は、『脅威』に対抗すべく、新たな策を練った。初めは悪戦苦闘しっぱなしだったが……一人の、狂った天才によって開発は驚異的な速さで進んだ」
「…………」
読めてきた。その人々が開発したのが種、という訳だ。
それじゃあ、種、とは?
「……目には目を、歯には歯を……御伽噺には?」
「御伽噺を……」
「そうだ」
……まさか、そんな訳のわからない理屈で行動していたのか。普通、もっと強力な兵器とか、絶対に崩れない防壁とか、そういうのを考える。それでいて研究を完成させるなんて、マッドっていうものは恐ろしい。
「……それぞれの御伽噺の力を溜め込んだ種を、まだ小さな幼児や新生児に埋め込む。年月をかけるごとに種が体に適合していき、青年期に入ると、種に応じた力を使えるようになる……という代物さ」
「そんな事が」
あり得ない。そんなの、漫画やゲームの世界の話じゃないか。完全に異能力バトルものだろ。俺が好きなジャンルでは無いけど。
なんにせよ、面倒な事に巻き込まれたには違いない。種、というのも信じ難い。渋い顔をしているであろう俺の顔を覗き、笛吹が言う。
「見せてあげようか」
「……え?」
とくん、と心臓が一瞬だけ跳ねた。
顔を上げた俺に彼は笑ってみせ、右手を無造作に空中に上げた。乾いた空間に声が通る。
「【エコー・オブ・ホーン】」
「……っ!?」
突然、彼の右手に眩しい光が集まった。思わず目を細める。そして光の粒が舞い散った後、笛吹の手の中には、黄金の角笛があった。
「な……」
椅子からずり落ちそうになっている俺に構わず、笛吹は、角笛の尖った方を口許に持っていく。ゆっくりと、唇が触れた。その瞬間、部屋いっぱいに、豊かな音が流れ出した。穏やかな旋律。音楽の事はよく分からない。だけど、美しい。それは分かった。何か、引き込まれてしまいそうな雰囲気がある。椅子から若干落っこち、口を阿呆のように開けたままの体勢で、俺はただひたすら聴き惚れていた。
ふと、足元に違和感を感じる。複数の何かが、足元で動いていた。若干呆けたまま下を向き、そいつの正体を確かめた瞬間、背筋に鳥肌がぶわっと立った。一気に意識が醒める。
「……ネズミ……!?」
「全く、しばらく放っておいただけなのに……こんなに潜んでいたのかい」
緩やかな口調だが、目は笑っていない。
動き回るネズミに近付いたかと思うと、笛吹は、華奢な脚を上げ、目にも止まらぬ速さで振り下ろした。そいつらを踏み潰したのだ。しかし、ネズミは潰れていない。笛吹の足元に残る、僅かな銀色の砂となった。俺は訳が分からず、ただぼうっと見ているだけだったが、その間にもネズミは彼によって次々に砂と化す。いつの間にか、あの曲は止み、笛も消えていた。
そして最後の一匹を笛吹は掴み、俺の顔に近付けた。思わず少し体を引く。
「ほら、目」
「あ……」
紫。つまり、このネズミも『脅威』なのだ。
「こいつらはとにかく数が多くてね。しかも、害は無いように思えるけど、吐く息に微量の毒を含んでる。だから、定期的に集めて、殺してるんだけど……ちょっと最近サボってたなー……」
そう言い、ネズミを握り潰す。俺はびくっと肩を震わせたが、現れたのは血でも何でもなく、また砂だ。さらさらと、白い指の間から銀色がこぼれ落ちる。だけど、まだ心臓の鼓動が速い。ほっと息をついた俺を見て、笛吹は口角を上げ、座るように促した。そう言えば椅子から落ちたままだ。少し恥ずかしい。俺が座り直すと、彼は同じく椅子に腰掛けた。面白がるような顔で問いかけてくる。
「……で、分かってくれたかな?」
「……何を」
「俺の中の種は、『ハーメルンの笛吹き』だって言ったよね?」
「あ……それで、笛が」
「そう。俺の種の具体的な力は、生きた物を意のまま操る……そういう能力だ。まぁ、相手が強くなったり、数が多かったりすると、効果は弱まるけどね」
はっきり言って、凄い。
こんなものが現実に存在すると思っていなかった。アニメやゲームの中の話かと、そう決めつけていた。でも、目の前で起こったことは現実だ。さっきとは違う意味で、胸の音が高まる。
「はは、好奇心の塊みたいな顔をしてるね。……あ、そう言えばさ、種を持つ人間には、体の色彩の遺伝子異常が起こりやすいみたいなんだよね」
確かに、笛吹は日本人にはあまり見られない、透き通った黄金の目をしている。しかし、それが、どうしたというのだろう。
「晴くんも、種を持っているかもしれないよ? ほら、君の目とか____」
……耳の奥で、鼓動が、力強く音を立てた。
「____深紅、だろう? とびきり綺麗な、ね」