複雑・ファジー小説
- Re:開幕 [5] ( No.9 )
- 日時: 2017/01/08 21:51
- 名前: 水海月 (ID: sWaVmrWQ)
- 参照: https://twitter.com/bumprack/status/810405291405606912
何も返答が無いので不思議に思い、顔を上げた。すると、優しく微笑んでいる笛吹が目に映った。黄金の瞳が穏やかな光を湛えている。それから一言、ありがとう、と言って猫宮に声を掛けた。
「猫宮。あれ持ってきて」
その声に、猫宮の眉が少し上がる。しかし、すぐに爽やかな笑顔に戻り、元気のいい返事をしながら本棚に向かった。入り口から見て一番奥にある棚の、さらに奥の奥。本の後ろ。朱色と深緑の分厚い本を取り、その奥へと手を入れる。しばらくまさぐった後、引き抜いた猫宮の手には、茶色の封筒が握られていた。それを笛吹に渡す。笛吹は黒いシャツの胸ポケットから万年筆を取りだし、俺の目の前の机にことんと置く。そして、封筒から、一枚の紙を抜き出した。若干黄ばんでいるのが分かる。
無言で行われるやりとり。空気が冷たく、静まり返っている。それに反し俺の心臓は、早鐘のように脈打っていた。
「それ、読んで」
言われるまま、俺は紙を手に取った。そこには、とても簡潔な文章が真ん中に記されてあった。
『脅威駆逐御伽隊への、入隊を誓う』
「……名前を書いて。覚悟があるなら、だけど」
契約書。また古風な方法だ。しかも隊の正式名称が長い。しかし、笛吹が言い終わらないうちに、俺は万年筆を手に取り、名前を書いていた。「男に二言はない」。そう、誰かが言っていた気がする。一度決めたらやる。もう迷わない。そんなだから、昔、酷い目にあった気がするけど、やっぱり思い出せなかった。
契約書の下に書かれた名前を見て、笛吹は苦笑した。潔し、と呟いて、紙を手に取る。そして俺を見たまま、口をあんぐり開けて呆れている猫宮に、紙を渡した。猫宮ははっとし、おずおずと紙を受けとる。つまらなさそうに唇を尖らせていた。
「新人がここで葛藤する表情がまた、最高なのになぁ……」
とかなんとかぶつぶつ呟きながら、近くの飴色のデスクの引き出しに書類を仕舞う。おい、今ちょっと本性見えてたぞ。と、心の中で囁いた。愚痴を聞いた笛吹が、ため息をついた後、俺の方を見る。
「脅威駆逐御伽隊……『御伽隊』にようこそ。これからよろしくね……桃瀬くん」
急に呼び方が変わる。名字で呼ばれたのなんて、いつぶりだろう。心の揺れを隠し、俺も頷いた。
「よろしくお願いします……隊長」
笛吹は笑い、テーブル越しに俺の肩を叩いた。
「隊長だなんて、新鮮だなあ。あと、敬語は要らないよ。大丈夫だから」
「最近皆からの扱われ方が雑になってきてるから、嬉しいんだろう? 隊長」
まだ不機嫌そうな猫宮に茶化され、笛吹はもう、と猫宮の腕をはたく。
「そんなんじゃないって……それで、桃瀬くん。まず、案内人を紹介しよう。ここの基地の設備とかを、一通り教えてくれると思うよ……まぁ、性格が扱いにくいといえば扱いにくいんだけど……」
そう言い、笛吹は立ち上がった。行くよ、と猫宮を連れて部屋を出ていく。そして、数あるうちの一つのドアに二人とも入っていった。
一人になった瞬間、長い長いため息をつく。
正直、頭があまりついていかない。首を横に振り、背もたれに体を預けてぼうっとする。今までの日常が、こうも簡単に崩れ去るとは。もしかしたら、今のは全部夢かもしれないと、頬をつねる。痛い。やっぱりだ。夢じゃないって事は、これから俺の中の色々な常識が変わっていくだろう。
……もしかしたら、東京を救えるかもと、淡い期待が浮かぶ。まぁなんにせよ、どうせ変わるなら良い方向に、変わっていけたらいいかな。
ぼんやりとしていると、突然、勢いよくドアを開ける音が響いた。
「見つけたわ! 凪紗の同居人!」
「!?」
いきなりの怒号に思わず立ち上がってしまう。凪紗の同居人……まあ正しいっちゃ正しい。
声の主の少女は、腰に手を当て、俺の方につかつか歩み寄ってきた。橙色の暖かい光を反射する、金髪のサイドテール。氷の様な水色の吊り目が、キツそうな印象を与えている。そして目を引くのが、コスプレかと見違う、どこかで見たことがありそうな可愛いエプロンドレスだった。まるで、童話の『不思議の国のアリス』から抜け出してきたような……ん? 不思議の国のアリス?
俺が一瞬のうちに思考を巡らせている間に、少女との距離はかなり狭まっていた。今まで同じ位の歳の女の子とは関わったことがほぼない。だから、俺の顔は今ごろ真っ赤になっているだろう。さらに少女は目力を強くし、顔をぐっと近づけてくる。ちょっと待て。俺は慌てて顔を出来るだけ引いた。だいたい二十センチメートルもない距離。視線を離すタイミングを失い、必死に少女の透き通った目を見つめていると、やがて少女は顔を離した。
「合格」
「え……?」
「合格だって言ってるでしょ! 目線を逸らさなかったから。合格なのよ!」
訳が分からない。首をかしげていると、少女は鼻を鳴らし、着いてきなさい、と回れ右をした。態度がでかい。高飛車、というのだろうか。また歩いて行ってしまいそうだったので、慌てて声を掛ける。
「おい、待てよ」
「……何よ!」
少女は振り返ってこちらを睨んでくる。一瞬怯みかけたが、近寄りながら聞いた。
「俺の名前は桃瀬 晴。お前の名前、教えてくれよ」
少女の目が少し大きくなった。鋭いため息をつかれる。これで勝った気にならないでよね、と口をへの字にした。そもそも自己紹介に勝ち負けなんてあるのか? 黙っていると、少女が
口を開いた。
「……有栖川」
「え?」
「……有栖川、悠浬」
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神瀬 参様より、「有栖川 悠浬(ありすがわ ゆうり)」を描いて頂きました! URLからどうぞ。
あまりのクオリティに激しい動悸が止まりません、更年期でしょうか(白目)
皆さん、あけましておめでとうございます!(遅) この作品はまだまだ始まったばかりの物語ですが、応援いただけると幸いです。
至らぬ点もあるとは思いますが、暖かい目でご覧になってくださると嬉しいです!
それでは!