複雑・ファジー小説
- Re: ここは空*00:ご挨拶【短編集】 ( No.1 )
- 日時: 2017/09/10 19:23
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: Dscjh0AU)
- 参照: どうせ余命同士
【01:どうせ余命同士】
「いてっ」
今のは、実をいうと心の声。するどい針がじわじわと痛みをつれてきて、「はいおしまいです」の声にほっとする。
そんな僕の顔を見ていたらしい、彼女は口元に手を添えていた。
「笑うなよ」
「だって」
長い髪をたらして彼女はクスクスと笑っていた。おさえきれていない笑みが耳に挿す。僕は顔をゆがめて、彼女をキッ、と睨み返した。
彼女は目尻をぬぐいながら、ごめんと言う。
「なんだかおもしろくて」
「だから笑うなって」
「だからごめんって。ねえ、いつになったら注射嫌いを克服するの?」
「ほっとけ」
「あはは」
「……」
さあ、昨日に変わらず今日も長い。僕らの「今日」は、いつも長い。
この部屋で僕よりほんの少し先輩の彼女とは、つい数週間前に出会った。
僕らは同じものを抱えているらしい。
そして僕らは同じ日へ向かっている。
ここで娯楽なんてものは限られていて、思いつくのは家族のお見舞いか彼女とのおしゃべりかといった具合だ。
学校に通っていたときは睡眠こそ我が生きがいと思っていたのに、今となっては一日が長くて、それもなんだかしぼんでしまった。
「おもしろいことないかな」
「な……納豆」
「うまく言えないんだけどさ、なんかこう、心を動かしてくれそうなさ」
「さ、あ、サバンナ」
「何してんの?」
「え? しりとり、あ」
「やーい勝った」
「ずるーい」
彼女は僕より一つ年上のお姉さんだ。でも言動には子どもっぽい節があるから、年上だってことをたまに忘れそうになる。
年頃の男子にウケがよいであろう顔立ちは、好みでないと言ったら嘘になる。だからつい口に出してしまったのかもしれない。
「ねえ彼氏とかいたでしょ」
「え? なんで?」
「なんでって、可愛いじゃん顔とか」
「……」
「え、言われない?」
「……もしかしてホストだったの?」
「ちがうわ」
「でも、まあ、いたよ。彼氏」
「……」
「こんなんだから、別れちゃったけど」
「イケメンでしょ」
「んー。どうだったかな」
「なにそれ」
「あはは」
へらりと笑われた。なんだかごまかされた気分だ。白を基調とした部屋にうんと響くこの笑い声が、僕にとっては一番の娯楽だ。
そのことに、きっと彼女は気づいていないのだろう。
東からのぼって、空の真上で輝くと、地平線に沈んでいくのを、窓をはさんで見送るばかりの僕らの太陽は。
あと七回だけ、明日をつれてきてくれる。
- Re: どうせ余命同士——【ここは空】*短編集 ( No.2 )
- 日時: 2017/09/10 19:40
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: Dscjh0AU)
- 参照: どうせ余命同士
【01:どうせ余命同士】
突然ですが、ケンカをしました。
それはそれは、今だからこそ思うのことのできるくだらない内容だった。
「だから、なんでそういうことを言うんだよ」
「どうして? 私はどうってことないのに」
「じゃあ、君は、死にたがってるだけなんだろ」
「……」
「僕はもっと生きたかったのに。無神経だな」
——少し、言いすぎた自覚はある。でも彼女にだって非はあるだろう。
『ねえ、将来の夢はなんだった?』——なんて。
僕らにとっての終焉は刻一刻と迫ってきている。
お互いに口数が少なくなってきて、笑い方を忘れた頃だった。窓の奥ばかり見つめるのも疲れた僕に、彼女が不意に、口にしたその言葉がケンカの原因だった。
さっきはそれを、僕は『くだらない』と言った。冷静になって考えればわかることだ。
彼女は僕を元気づけようとしてくれたのだと思う。夢も希望もない僕らが、夢や希望について語るのが至極滑稽だとしても。
また笑い合えると信じて、そう投げかけてくれたのだ。きっと。
だからこそ、僕が返した『無神経』は、ひどく彼女の心を突き刺しただろう。
「……」
「……」
謝ろう、とは思った。何度も。何度か、試みて、でも。
できなかった。彼女は僕から何度も目を逸らしたんだ。
——ああ、そうかい。そうですか。
お互い死ぬ日が決まっている。それが同じ日だってこともわかってる。
後腐れなく離れられるんだ。その日が来るまで、どうして仲直りする必要があるだろう。
そう判断した僕は、とうとう謝ることも、話すことも諦めた。
ある日のことだった。
定期検査から戻ると、まっすぐ見つめられたのが久しぶりのことだった。
好みの顔だなんて少し前に言ったと思う。理性とはちがうところで、本能が心音を、一度だけ叩いた。
「……なに」
「ねえ」
「……」
「誕生日、あさってなの?」
予想だにしていなかったそれは、僕から思考を奪う。
明後日。そうだ。忘れかけていたのは笑い方だけじゃない。
僕の誕生日は、明後日に控えていた。
「うん。そう、だけど」
「そっか」
「……なに? かわいそうだって思った? 生まれた日に死ぬなんて、そう思ってる?」
「ごめん」
「……は」
「……」
「君ってほんと、そうだ。謝らなくてよかった。やっぱり僕はまちがってない。君は、」
「……」
「君は、無神経だ」
そう言い放った。これが、僕が彼女にかけた最後の言葉だ。
僕らはそれから一度も顔を見合わせたりしないで、眠りについた。
白いシーツの中で考えたことがある。
謝ることはない。でももし生まれ変わったら、もしかしたら謝りたくなるのかもしれない。彼女の彼氏ってやつは本当はイケメンだっただろうにとか。その笑い声も。
『ごめん』も。
なにも一度も、片時も、忘れられないまま。
僕が。
六度目の明日を迎えた。目を覚ましたら、そこには。
誰もいなかった。
- Re: どうせ余命同士——【ここは空】*短編集 ( No.3 )
- 日時: 2017/09/10 19:59
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: Dscjh0AU)
- 参照: どうせ余命同士
【01:どうせ余命同士】
彼女は亡くなった。
今日が命日となった。
どうやら僕は、嘘をつかれていたらしい。
『ねえ、君の余命はあとどのくらいなの?』
『んー。たしかちょうど、20日後だったかな』
『そっか。じゃあ、おんなじだね』
『え?』
『私も。私も、ちょうど、20日後だよ』
今思い出すと、たしかにそれは嘘くさい笑顔だったかもしれない。
火葬に参列はできなかった。今日もまだ、じっと前を向いていた。
「うそつき」
きっと聞こえてない。それじゃあ僕が、最後に彼女に言った言葉は『無神経』ってことになるのかと——このとき、はじめて知った。
うそつき。うそつき。ばーか。なにを言っても返事はなかった。
平らになってしまった白いシーツ。僕はベッドから身体を起こして、そこへ近づいた。
「!」
気持ち悪いくらいの白い床に、足をすべらせ——すってんころりん。膝を強く打った僕は、左手で無意識にシーツを掴んでいた。
その時だった。
細い視界に飛びこんできたのは、折りたたまれた一枚の紙だった。
「……?」
簡易なそれを上下に開く。可愛らしい文字列だった。僕はそれを、目で追っていった。
『うそついてごめんね』
これが一番最初の文章だった。
『彼氏がいたのもうそです。ごめん』
意外な告白だった。そうか。
『無神経なこと言ってごめんなさい。私も生きたかった。これはうそじゃないよ』
——こちらこそ、ごめん。って。言えればよかった。
『できるなら、君とずっと』
これは、予想外の告白だった。
僕も同じ気持ちだったんだって。言えればよかったのに。
『お誕生日おめでとう』
「……」
『しゃべってくれてありがとう』
『私の生きる支えでした』
『どうかあと一日、悔いのないように』
『あ、読んでなかったらどうしよう』
『まあ大丈夫だよね』
『来世で、聞かせてあげる』
『またね』
最後の最期まで、なんて。
なんておしゃべりで、お節介で、——無神経な、僕なんかと。
命余り、一緒にいてくれたのだろう。
応えが明確に記された紙を、くしゃくしゃに握りつぶした。
嗚咽が止まらなくて。
心音を止めたくなくて。
——ああ、神様。
僕は生きたかった。
できるなら、あの子とずっと。
僕も手紙を書きました。
震えた字面をまた、笑われそうだ。それでいい。
君の笑顔を見ることが叶うのなら。——それでいい。
窓から空がよく見えるこの、病室の。
向かい合うベッドは、明日から静かに、ただ白い。
END