複雑・ファジー小説
- Re: 『ノーセンス』——ここは空。【短編集】 ( No.5 )
- 日時: 2018/02/05 18:28
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 835JPTtT)
「HAND」
巷で騒がれている『幽霊洞窟』なるものに、わが怪奇研究部の部長が惹かれないわけがない。やれUFOだのUMAだの、単語を耳にしただけで詳細を問いただしてくる彼女の好奇心にはもう慣れたころだ。彼女と知り合ってから十何年も経つ。
だから、怪奇探検という名の部活動の出かけ先で、かならず私の体にひっついてくることにももう慣れたのだ。
好奇心旺盛なわりに、びびりなのは昔から変わらない。
「ここは向こう側にちゃんと出口があって、道もまっすぐだから迷うことはないね!」
「でもこの洞窟は、入ったら最後、二度と戻ってこられないって噂がある。実際に戻ってきた人はいるみたいだけど」
「そこがスリルなんじゃん! 成功者は何人もいるみたいだし……心の準備はいいっ!?」
「それはこっちのセリフだよ。もうびびってる」
「び、びびってないよ! 武者震いだよ!」
「それなら腕を離してほしいね」
「やだー! いじわる!」
泣き言を耳に入れながら、私はさっそく『幽霊洞窟』に足を踏み入れようとした。
そのときだった。入り口のすぐそばに折れ曲がった看板を見つけた。
「看板だ」
「えっなになに!? 『だれも入るべからず』とか!?」
「……ノーハンド」
「え?」
「『NO HAND』……触れるな、ってことかな。でもそれなら『NO TOUCH』だよね」
「うん。とにかく入ってみよう」
つかまれた右手とは反対の手に、懐中電灯を携えて奥へと進んでいった。だんだんと光は失われていく。
かすかに地面にはねる水の音がするだけで、それ以外の音も匂いもなにもなかった。
「なにもないね」
「音もしないね」
「これ進んでる?」
「進んでるけど……」
「出口までどのくらい?」
「遠くはないはずだけどね」
「離れないで」
「離れないでよ」
「ねえ、」
「ねえ」
「どこにいるの!」
音も匂いもなにもなかった。
「音もしないね」
「進んでるけど……」
「遠くはないはずだけどね」
「離れないでよ」
「ねえ」
聞きながら、首を左のほうに振った。
そこには知らないだれかがいた。
「……」
思い出す。思い出せ。
看板の文字、『NO HAND』
思い出せ。思い出せ。たしかにあの子は私の、右手をつかんでいた。痛い。
右手は痛いままだ。
『NO HAND』
触れるな。それなら『TOUCH』だ。じゃあ、『HAND』は、『HAND』は、
手を、離すな。
私は走った。一本道だ。迷うことのない一本道だと得意げに言っていた、彼女の声に従った。
視界に光がもれだして、がむしゃらに走り抜けた。
汗ばんだ、重たい右手、の、はずが
右手は、なくなっていた。
つかんでいた彼女とともに。
END