複雑・ファジー小説
- Re: アシンメトリー ( No.1 )
- 日時: 2016/12/04 01:29
- 名前: 花束たばさ ◆1zvsspphqY (ID: hd6VT0IS)
冷たい海の底に沈んでゆくみたい、私。泥だらけの身体を溶かして、どうか誰もいないところへ行きたいなぁ、なんて。
知らない男と2人、道路を歩きながらそんなことを考えてみた。向かう先はホテル。そこでやることなんて、決まってる。
どこかの高校の制服を着た男は私の身体をしきりに触り、その先を求めるようににやにやと私を見つめている。きっと、どこかで私の噂を聞きつけてのこのことやってきたのだろう。私が『ビッチ』だという噂は、こんなところにまで広がっているのだ。
はじめてそういうことをしたのは中2のとき。自分が何か大切なものを失った気がしたけれど、そんな感覚はすぐにどこかへ消え去った。
神様は昔、人間の身体を2つに引き裂いたらしい。だから女である私は、男を求めてさまよう。だからこういうことは、正しいことなのだ。
愛されたい。ふいに淋しくなって、彼に寄りかかる。甘ったるい香水の香りがした。
小さい頃はこうではなかったはずだ。天真爛漫で、何も考えずに生きることができた、あの頃。それなりに話せる友人もいて、いつもはしゃぎ回っていた太陽の下。いつの間にかその太陽は遠ざかってしまった。
そうこうしているうちに、ホテルに辿り着く。男はエレベーターを上がるときも、気持ちの悪い笑みを浮かべて私を見ていた。いや、「私」じゃない。「女」という「玩具」を見ていたのだ。
「ひぃ、ふう、ふふ、はははははは」
空虚な笑い声が夕陽の中に響き渡る。今日は1段と、酷い犯され方をした。まるで地獄だ。海の底に沈んで沈んで、行き着いた先は。
ふらふらと、アスファルトの上を歩く。このままどこかの川へ落っこちて、海に辿り着かないかなぁ、なんて考えてみる。けれども、ここは内陸。もう、どうにだってなればいい。
『女はばかでいいの。男に頼っていきてゆけばいいのだから』
叔母さんはいつもそう言っていた。
アン叔母さん。杏奈さんだからアン叔母さん。よく考えればアナ叔母さんの方が正しいんじゃないかと思ったけど、本人がその呼び方を嫌がるので仕方なくアン叔母さんと呼んだ。
ねえ、アン叔母さん。私、ばかになったよ。養ってもらえるかなぁ、男に。
母は病気だし金はないし愛もない。切なげに擦り寄っても私の身体を見てくるだけじゃない。私は愛がほしいの。とびっきりあたたかいやつ!
ぽっかりと私の胸に開いたものは多分、欠乏だ。愛の欠乏。お母さんは決して私を愛してくれなかったし、今だってそう。物言わぬ人形みたいなものだ。「動けよぉ」とベッドを蹴ってみたけど反応はなくて、死ねよ。こちとら迷惑してるの。お前がいつまでも寝ているせいで。
「淋しいよぉ。死にたいなぁ」
こういうとき、友だちとかいれば、淋しくないのかな。残念ながら、私はそんな大層なものを持っていない。私の噂をきいてどんどん離れてくのだ、人間は。寄ってくるのは性欲を丸出しにした獲物だけ。寿命つきてさっさと死んじまえエロガキがぁ。
「……はぁ」
とりあえず落ち着こうか、と決心して1つ、息を吐く。死ね、とか殺す、とか、そういうネガティブでサディスティックな思考がオレンジに溶けていった。後にはほんの少しの後悔と、痛みが残るばかり。
放課後、私は制服を随分とまあ着崩して、てきとうに誘惑していた。捕まるのは使い古されてくたびたサラリーマンであったり、高校の持て余した奴だった。今日は後者で、ホテルに連れ込まれた。ついて行ったのは私で、誘ったのも私だから、悪いのは私。涙が出そうだった。
愛を知りたかった。昔から母に愛された記憶がなくて、中2の頃に母の不倫相手に初めてを奪われてから私は愛を完全に失ってしまったのだと思う。
これが愛か。こころないまま喘ぐのが愛なのか。いや、違うだろう。愛とはあたたかいものだ。
だから、ぽっかりと私の胸に空いた穴を埋めるにはその愛しかないと思うんだけども、その方法がどうしても見つからないので、愛を確かめ合う方法であり、私の処女を奪った方法で取り戻すことにしたのだ。
「『私の身体をあげるから、とびっきりの愛をちょうだい、私に』」
男の耳元で囁いた言葉を反芻する。空虚な言葉だと思った。だけど、これが1番私の望みを表しているような気がしたのだ。
これをきいて男は不思議そうな顔をしたけど、それは当たり前だろう。そこはだいたいお金、moneyだと決まっている。もちろんお金は欲しかったけど、そんなものはちょちょっ、と盗めば良い話。だってほら、愛ってちょちょっ、て盗めないでしょ?
そういうわけで、私はそういうことを繰り返していた。
「誰か埋めなさいよ、私の淋しさを!」
そう叫んで、鞄をその場に投げ飛ばす。通行人がひ、と身を竦ませて、その場から去ってゆく。そうだ。愛を知っている者は去るがいい。私はお前らと違って幸福だ。愛を知らない幸福を知っているのだ。
- Re: アシンメトリー ( No.2 )
- 日時: 2016/12/07 18:17
- 名前: 亜咲 りん ◆1zvsspphqY (ID: NlHa02Hm)
近くの公園のベンチに座り、鞄から水筒を取り出す。家を出るときは温かかったはずのお茶は、今は愛のない私のこころのように冷たくなっている。温かかい緑茶は美味しいけど、そのまま冷めてしまうと苦くて美味しくないな、と思った。
公園にはもう誰もいなくって、砂場だけがぽこっ、と盛り上がったままだった。子どもがきゃはは、と笑いあって遊ぶ幻影が見える。末期だな。このまま死んでしまうんだろうか、私。
月が綺麗ですね、と言われたらあなたとなら死んでもいい、と返さなければいけないらしいけど、一緒に死にたい相手もいないし、私は結局は1人で死ぬしかない。それに、今私の目の前にあるのは月じゃなくって夕陽だ。夕陽が綺麗ですね、と言われたら、一体何と返せばいいのだろう。
「『なら愛をください』」
それが1番正しい答えな気がした。
馬鹿みたいに、私、消えてく。自分がどこにいるのかわからない。教室にも固定された場所はなくって、いつもふらり、ふらり。
嫌われるのが怖いからてきとうにへらへら笑って過ごしていたら、親友というものができなくなった。いつめん、と呼べる人たちもいない。私は1人だ。
まだ幻影が見えていて、砂場ではしゃぐ子どもたちは幸せそうに走り回っている。悩みなんて無いんだろうな、と思ってしばらく見つめていると、それは小さい頃の私だった。思わずその場にあった石を拾って砂場に投げ飛ばすと、幻影は消える。もうダムにだって沈んでしまえば楽になれるのになァなァ。
ばしゃり、と水の音がした。なんだろう、とぼんやり辺りを見渡すと、噴水の傍に人が腰掛けている。随分と肌寒く感じられる季節なのに、その人影は噴水に溜まった水の中に素足をつっこんでいた。その白い足が動く度、透き通った水が辺りに飛び散る。
人影は黒いセーラー服を着ていた。同じく黒い髪は長く、少し乱れていて、白いうなじが見える。一見して女の子だとわかった。
夕陽に照らされて、絵画に切り取られた一瞬のように、儚く映る。少女が振り返った。
なんといったら良いのだろうか。正しい美貌。それが1番彼女をよく表しているような気がした。
大きな目と通った鼻筋、真っ赤な唇、細い首筋と人形のように細い手足。身体付きも華奢で、まだ「少女」という感じだ。幾分か大人びているように見えるのはきっとその落ち着いた表情のせい。
とにかくまっすぐだった。どちらかといえば女受けがいいような。俗っぽい感じがしなくて、品が良い。私と違って、澄んだ空気を身にまとっていた。
「なにしてるの?」
話しかけてみる。人形のように表情の変わらない彼女は、淡々と呟いた。
「足を洗っているの」
近くにあったタオルを手に取って、少女は水に濡れた素足を拭き始める。
「どうして足を洗っていたの?」
「裸足で歩いていたから」
「……靴は?」
「隠された」
真白い足をぎゅ、と抱きしめて、少女は押し黙った。孤独そうな、陰鬱そうな様子だった。
ゆっくりと隣に腰掛けてみると、少女の顔立ちがよく見える。私もまあまあ整っている方かと思っていたけど、彼女は群を抜いていて、きりり、と引き締まった顔つきは少年、という言葉も似合うような気がした。
こんな見た目なら同級生が嫉妬しても仕方ないだろう。恋愛だろうか、ただの嫉妬だろうか。というか何歳なんだろ、この子。
「いくつ?」
「中2」
中2、か。私が愛を失った年齢。自分の身体が自分のもので無くなってしまった年齢。このときの私はこんなに幼かったのか。あの日の自分が、今更ながらとても可哀想に思えてきた。
「お姉さん、名前は」
「……奈津未」
「そう、なつみさん。私は……ブランシュ」
それは明らかに本名ではなかった。ふざけているのか、と思ったけど彼女は真面目な顔をして夕陽を見つめている。白い脚が夕陽に照らされて、オレンジ色に光っていた。
「どうして本当の名前を教えてくれないの?」
「知らない人に、軽々しく自分の名前を与えてはならない。それが魔女の掟」
ふーん、としか言えない。魔女、という言葉を現実に言う奴を初めて見た。中2だけに厨二だとでもいうのか。
というか、私のことを知らない奴だとちゃんと認識していたんだな、と思う。私が隣に座っても警戒している様子を見せないから、殺されたいのかと思った。隣に座ったのが私で良かったね。
「なつみさん、あなた、性行為でもしてきたの」
突然そんなことを聞かれて、私は狼狽える。どうしてわかったんだ。
「その首」
細く、長い指で、彼女は自分の首を指さす。
「私の首が、どうかした?」
「キスマーク、ついてる」
なんだ、そんなことか。いつの間にかあの男につけられていたんだな、と気づく。結局あの男がくれたのは空虚な痛みだけで、愛はこれっぽっちも残していってはくれなかった。キスマークだけで愛を示すことができたら、どれだけ幸せか。
「いいな。なつみさん、彼氏いるんだ」
「まあね」
飛びっきりの嘘を吐いた。
「私には人を好きになるってどういうことか、私にはわからないや」
ぽつり、と彼女は真実を吐く。
そんなの私にだってわからない。まだ探し求めている途中なのだから。
「どうして靴を隠されたの?」
先ほどからずっと気になっていたことを、やっと聞いてみた。
「わからない。1ヶ月くらい前から急に物が色々無くなるようになって。それが今日は靴だっただけ」
「先生には言ったの?」
「言った。だから明日くらいには多分、親が呼び出される」
勇気ある子だな、と思う。私だったらそれ以上嫌われるのが怖くって、誰にも言わない。人の目が気になって、いつも隠れたところで闇を吐き出す。私のことを知っている人がいるから、愛を探すための行為は、学校ではしていないのだ。
「私、相手をいつも怒らせてしまって。多分、私が人の気持ちがよくわからないからだと思うの。相手の期待している答えを返すことができない。だからこうやっていじめられる。でもいいの。私、1人の方が好きだから」
まっすぐに、彼女はそう言い切った。
まるで私と正反対のように思える。この少女は。1人が好きだなんて、わからない。人の気持ちがわからないなんてこともありえない。その人の表情で、大体のことはわかる。そして相手の望む解答を導き出せる。わたしは機械のように生きていた。
夕陽が相反する私たちを包み込み、この世界に同居させる。奇跡みたいだ。そしてクソみたいだ。
- Re: アシンメトリー ( No.3 )
- 日時: 2016/12/08 19:34
- 名前: 亜咲 りん ◆1zvsspphqY (ID: wJnEuCOp)
- 参照: 無理やり終わらせた!
その少女と別れてから、私はなんだか気だるげだった。どうしてあんな風に生きられないんだろう、私。1人でいい、1人でいいって言えないんだろう。セックスなんて本当はしたくない、って言えないんだろう。殺して。
少女は言った。
『みんな淋しがっている。みんな孤独だ。だけど、それがいいんじゃないかな。淋しいときは1人で寝た方が良い。そうしたら淋しくなくなる』
だから、実践してみた。少し興味を持っただけ。それでも、効果は抜群だった。
ゆっくり眠って、ゆっくり目覚める。まるで夢の中みたいだった。深く息を吸って時計を見ると、まだ22時だった。隣に誰もいないのがすっきりとしていて、心地よい。眠るのに男なんて必要なかったのだ。
幼馴染みも、やってきた。わざわざ大阪からやってきたらしい。お風呂にも入らずそのまま寝てしまってボロボロだった私のことを見て、ぽろぽろと涙を流していた。
「また遊んできたんか」
「うん、遊んできた」
「どうしてもっと身体を大事にせんのや」
「大事じゃないから」
「私にとっては大事なんよ。あんたが傷ついたら私が嫌やねん。ふざけんといて。これ以上傷つけんといてよ、私を」
「うん、わかった」
小さく頷くと、幼馴染みは私を抱き締めた。強く、強く。良い匂いがする。
なんてことはない。深呼吸をすれば、愛はすぐそばにあった。どうして気づかなかったんだろう。
気づけばホテルの前にいた。隣には男がいて、薄気味悪い笑顔を浮かべている。肩に手を載せて、私を見ている。女といういれものを見ている。
「報酬は『愛』だったよな」
そういえばそうだった。
「愛してやるよ、たっぷりと」
キザな男だな、と思った。しかも、あのときと何ら変わらないセリフ。夢かな。それとも時間が戻った? それでもまた同じ過ちを繰り返そうとしていることだけははっきりとわかる。
きっとこの男にとって愛とは肌を重ね合わせることなのだろう。そこのどこに愛があるのか。あたたかさなんて微塵もないじゃない。
男は笑っている。ケモノのように私を見ている。嫌いだ。冷たいものは、嫌いだ。
「ごめんなさい。あなた、やっぱりいらないや」
そう言って、駆け出す。男が驚いた顔で私の腕を掴もうとしたけど、蝶になった私はひらりひらり、とかわした。身体がほわほわとする。やっぱりこれ、夢なんじゃあないだろうか。確かめにゆこう。
一体いつだったのだろう、彼女と出会ったのは。あの公園にはもう誰もいなかった。ただただ、風が吹いている。どっどどどうど。何も、残っていない。
噴水に近づいてみても夕陽はなくて、ただただ愉快そうに、水が飛び出している。楽しそうだ。噴水の向こうに、虹が見えた。
帰る間際、噴水の裏側で私は赤いスカーフを見つけた。はっ、とする。夢ではなかった。あの少女は、確かにここにいたのだ。
ブランシュ。白、という意味があるのだと、あとから知った。ブランシュネージュ。白雪、という意味だそうだ。彼女にぴったりだな、と思った。
また会えたらな、と思いつつ、私は会いたくないとも思う。正反対なんて、もうごめんだ。
ふふ、と微笑む。散々沈みこんだ後は、私を大切にしてくれる彼氏でも探そう。