複雑・ファジー小説
- Re: 【12/11更新】異能者たちの生存戦略 ( No.2 )
- 日時: 2016/12/13 22:41
- 名前: hiGa ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)
前 >>1
結局その日、氷室はずっと寝込んでいそうな勢いだったので、楓は不安を拭いきれないながらもその場を後にすることにした。下手に寮母さんが今の氷室に近づくと不味いと感じたため、購買で適当にレトルトの食品だけを調達して自分の部屋へと戻った。
すぐさまテレビをつけて、最新の情報を確認する。どのチャンネルに変えても、この時間帯にはニュース番組しかやっておらず、内容はここら一帯の異常気象に関してばかりであった。東京都を中心にして関東地方に大寒波襲来! どこもそんな、代わり映えの無い見出ししかついていない。
だが、楓がリモコンのボタンを押す指は、あるチャンネルでふいにぴたりと止まった。そこでは、他の番組とは少し毛色の違う内容を放送していたためだ。他の局では基本的に招いている学者は気象に精通した人間であったのに対して、この番組ではというと最近活躍目覚ましい若手研究者の名前があった。
年は三十代前半、性別は男。風貌はというといかにも学者といったものであり、よれよれの白衣に分厚い眼鏡、瘦身で背はそこそこ高い、といった程度であった。しかし、それは見た目だけのようで、声はとても元気よく、まるで学生のように感じられるほどだ。
この人物は、昨年から注目され始めた学者で、元々は生物学で霊長類を研究していた。そして、経歴で言うと博士課程修了直後、彼はさらに分野を専門家させ、ヒトという種に着目した。
そんな時期だった、この世に異能者が現れ始めたのは。そして、異能者を初めて世の中に発表したのは他でもない彼であり、手土産として引っ提げてきた異能者は、生まれたばかりの、彼自身の息子であった。
「私としては、今回の件も新たな異能の力が呼び込んだものと考えています。理由は言わずとも分るでしょう、このような不可解な出来事など……」
自らの得意分野に関わることであると信じて疑わず、彼は大いに熱弁をふるっていた。それを聞いているアナウンサーたちも至極真面目な表情で頷いており、そこに、テレビにありがちなリアクションの強要は感じられなかった。
新島 学人(にいじま がくと)、彼が最初に発見した異能者は息子である宗介であった。彼の息子はというと、背中から羽根が一本生えた状態で生まれてきたのだ。当時この出来事が大したニュースにならなかったのは、やはりこの研究者本人が伏せていてほしいと病院に頼んだから、ということになっている。
我が息子に起きた奇跡に、あるいは悲劇に彼は取りつかれてしまった。そこから彼はそれまで以上に研究に没頭し始めた。息子の背中から採取されたその羽根のDNAを調べてみると、間違いなく自分の息子と、そして当然その親である自分のDNAと一致する部分があることを発見した。
だが、これだけだとまだ研究材料としては弱かった。『個体発生は系統発生を繰り返す』という生物学の言葉が示す通り、人間の胎児が成長していく段階でイレギュラーとして一枚羽を作ってしまっただけかもしれない、そのように研究者である学人も考えた。
しかし、奇怪な事態は息子の誕生の瞬間に終わらなかった。三か月が経ち、羽が採取できたことなど忘れたころの話だった。学人自身もいつもの精神状態に戻り始めたころ、再び息子の背中に羽が現れたのだ。それも今度は、一枚だけという訳ではなく何十枚という羽根が小さな小さな翼をなしていた。
遺伝子の突然変異。当然のように彼はそう考えたため、息子の細胞のDNAを片っ端から全て調べた。この時だった、この研究者が大きく自らの研究人生の道を歩み始めたのは。乳飲み子の宗介のDNAから、不審な遺伝子情報は何委発見つからなかった。羽を作り出すための遺伝子など、何一つない。しかしその羽は、翼は間違いなく宗介の体から生まれたものだった。
人間と、全く同じ設計図を得ているというのに、その体は人間のものとは異なっている。これは生物学の神秘で説明がつく話ではない、“神様からの贈り物(ギフト)”なのだと彼は解釈した。
「これもまた、天からのギフトに相違ないと言わざるを得ないでしょう。まるでおとぎ話の氷の魔女のような力です。そしてその力の持ち主はおそらく、この異常気象の中心地、東京に住んでいると思われます」
楓自身何も後ろめたくないのに、なんとなく後ろ指をさされたかのような気分だった。全部俺は分かっているぞと、得意げな研究者の表情が瞼の裏にへばりつく。嫌な予感が、ぐるぐると自分の思考回路の中をとめどなく回り続ける。
「最近随所で私が報告している通り、初めは身体的特徴に人間らしからぬものが現れるだけに過ぎなかった異能の力ですが、最近は念力や瞬間移動といった事例が見つかっております。今回のようなものが、異能者が原因だとしてもおかしくはありません」
彼の息子に生じた変化は、ごく些細なものであった。しかしながらその現象に、突然変異ではなく異能と彼が名付けたのはとある現象がきっかけであった。
宗介の翼は、存在のスイッチのオンオフが切り替えられたのだ。まるで能力を使うことを覚えたかのように、赤ん坊は自らの意思一つで純白の翼を取り出したり、消したりが可能になった。消えているとき、それは目に見えないだけではなく本当に存在は消え、人間とまるきり同じの背中が現れる。
だが、ひとたび飛ぼうと彼が念じるや否や、背中の服を突き破って真っ白な翼は姿を現す。そう、その姿にこそ、人々は、世界は虜になったのだ。ずっと、物語の中の絵空事でしかなかったような奇妙な現象が現実でもあり得るのだと。
それからだった、世の中に、多くのギフトがあふれかえるようになったのは。
結論から言うと、異能の力というのは生まれつき備わっているものであった。そして、彼の息子が第一号というわけでもなかった。誰もがずっと、上手く自らの非凡なる力を隠し通していたのだ。それが、世界中で操作が進み、または自ら申告することで次第に彼らを隠していたヴェールは剝がれていった。
異能という授かりものをもらった人々は、薄々感づいていた。自分のこの力をむやみに人に見せると、自分の首を絞めることにつながるということに。それを見せつけるかのように、社会の情勢は、たった二、三年のうちにころころと変わってしまった。
はじめは、異能者を受け入れるかのような社会が広がりつつあり、多くのメディアや国家が新たな異能者を追い求めていた。まるで英雄扱いするかのように、新島学人と共に世界各地を操作し続けた。
しかしある日、新島学人は気づいたのだ。この、異能者たちの危険性に。だが、彼は研究という悪魔に魅入られてしまった。彼はもう、自らの興味関心を突き進めることしか頭に無いようで、一抹の不安のようなものを無視し続けた。
そのころだ、初めての事件が起きたのは。
ある意味、この研究者は息子の変異が羽で幸せだった。とあるヨーロッパの赤ん坊が、ゴリラの腕を発現し、そのまま家族喧嘩で両親に重傷を負わせてしまった。
そこから世論は、大きく手のひらを反すこととなる。まるで神の使いかのように持ち上げていた数々の異能者をまるで冥府の使者のように忌み嫌い始めた。
そして、賢明な能力者が恐れていた通りの事態が起きた。あくまでも異能者は、圧倒的な少数派である。そのため、武装した現代社会においては、通常の人類のほうがよっぽど兵力としては高かった。
まず初めに、異能者は迫害された。学校から、企業から、果てには近所の人から住む場所を追われるかのように。各地で抵抗した者もたくさんいたが、沢山の人が犯罪者として処理され、悪者は異能者であるかのように進められた。
そして、その頃新島学人は異能者に名前をつけた。人々の恐怖を、畏怖を、羨望を集めるような、まるで神の寵愛を受けて生まれた人という意味をこめて。異能者は、神愛人(ミアト)と呼ばれるようになった。
「このままでは、地球全体が極寒の時代になってもおかしくはないでしょう」
テレビの中で新島は吠える。五月蠅いと言わんばかりに、楓はリモコンを再びスイッチを掴んだ。だが、画面の中の研究者の最後の言葉が、楓の心にとどめを刺した。
「元凶であるミアトを捕縛します」
元凶、その言葉に、楓は氷室の姿を思い浮かべた。今日、彼女が体調不良に倒れて意識を失ってから天気はより一層悪化した。そもそも、体調を崩したのも今日からであり、異常気象も今日からだ。そして、元凶は東京にいるという断言。
楓にはもう、これが他人事だとは思えなかった。
「そのまま私のラボで研究させていただきます。場合によっては……」
このまま生かしてはおけない可能性もあるでしょう。
どんなに冷たい風よりも、その言葉はより強く、楓の心へと深く突き刺さった。
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