複雑・ファジー小説

Re: 【12/12更新】異能者たちの生存戦略 ( No.3 )
日時: 2016/12/13 22:40
名前: hiGa ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)

前 >>2


 結局、翌日になっても氷室は登校してこなかった。前日あれだけうなされていればそれも当然の話だと楓も納得する。窓の外を眺めると、まるで昨日の異常気象が大噓だったかのように夏らしい快晴だった。真っ青な空には雲がちらほらと浮かんでおり、ギラギラと輝く太陽は頭上から暑苦しい熱気を放っている。昨日、最終的な積雪は四十センチほどになったが、それらも午前のうちにすべて溶けてしまい、水たまりだけが残っていた。

 昨日最低気温はマイナス十五度にも達したというのにこの日の最高気温は二十五度。落差なんと四十度であり、関東地方の各地では何百人という人が体調不良を訴えていた。

 しかし何にせよ天気が快復したことに楓は一安心していた。もし本当に氷室の体調に呼応するように昨日の事態が起こっていたのだとしたら、今日は氷室自身も小康状態に落ち着いているということなのだから。

 そう、悪くはないはずなのだ。ある一点を除いて。この教室でも、隣の教室でも、違う学年でも、他校の間でも、ある憶測が飛び交っている。どれもこれも、昨日のニュース番組の新島学人が原因だと、楓は苦虫を嚙み潰したような顔つきになった。

「おい、やっぱり昨日のやつ、ミアトのせいだったらしいぞ」
「やっぱりそうだよな。そうじゃないとあんなのありえねえもん」
「俺ん家、あれのせいで皆風邪ひいてる。最悪だよ」
「でもさでもさ、怖くない? ミアト一人? 複数かもしれないけど、こんなことを誰かが起こしてたなんて」
「だよね、やっぱりミアトって……」
「しっ、やめなよ……。この犯人じゃないだろうけど、どうせこの学校にもミアトもいるんだから」

 少し耳を澄ましてみるだけでこの始末だ。しかもこれが、学校中でざわざわとひしめいている噂話の類の全てを占めている。これ以外の話題を挙げている人間などいないくらいだ。

 それも仕方ないかと、楓は苛立ちながらも納得せざるを得なかった。これまで世間を賑わわせていたミアトとは、全くその質を異にしているのだ。これまで、ミアトが神の祝福を受けた者として見られてきていたとしても、これほど大規模な異変を起こすものは無かった。せいぜい、ちょっと強い人類が現れた、程度である。

 だが、今回に至っては自然に大幅に干渉し天変地異を引き起こしている。まるで、神様の領域に手をかけたようなものだと楓も感じている。現代兵器であっても容易に引き起こせるような事態ではない。それどころか不可能だと楓は即座に否定した。

 こんな途方もない超能力を持った人間が何人も現れたら。そう口に出すだけで充分に事の重大さが窺い知れる。

 しかし、楓にとってはもう、その元凶となったミアトというのは、見ず知らずの恐ろしい人間ではなかった。もうとっくに、自分の中の考えではそれが誰なのか決まり切っている。ただの直感と言い切るには証拠が揃い過ぎている。

 確かめなくてはならない。今日ならば、氷室自身から何か話を聞くことができるかもしれない。そう思い立った楓は終業のチャイムが鳴った瞬間に学生寮へと足早に歩きだした。すれ違う友人たちに挨拶をして、早歩きで自室へと向かう。

 氷室の部屋を訪れる必要がないことは、自室の扉の前に立っている彼女の姿を見てすぐに察した。昨日と同じようにマスクこそつけているが、血色はとても良かった。昨日のように真っ赤になっている訳でもなければ、体調不良で青ざめてもいない。

「思ったより早かったわね」
「……氷室」
「大体、分かってるんでしょ?」

 その問いかけに、ゆっくりと楓は頷いた。

「そう、なら仕方ないわね」

 全部教えてあげる。そう言って氷室は楓の部屋の方へと向き直った。何をしているのだろうかと楓自身首を傾げていると、ぶっきらぼうに氷室は楓に指示した。

「早く開けなさい。立ち話にしては長くなるから」
「あがる気なのかよ……」
「あんた色々きっちりしてるでしょ、どうせ片付いてるだろうしいいじゃない」
「信用と受け取ってもいいのか?」
「光栄に思いなさい」

 やけに今日は饒舌だなと感じながらも楓は自室のカギをポケットから取り出し、開錠した。氷室の声には、いつものような刺さるような敵意は感じられなかった。

 だけどそこに、温和な雰囲気など微塵も感じ取れなかった。むしろ楓が感じ取ったのは、ただ、ただ諦めの情念だった。その声は寂しそうでいてどこか、とても穏やかに済んだような声だった。

 座りなさいと、家主でもないのに氷室は家主のはずの楓に指示した。その様子からは普段の氷室らしさを感じ取れる。我儘なお嬢様のような高圧的な態度。けれど、どうしてだろうか昔から、楓にとって彼女のこの態度からは懇願するような思いがこもっているようにしか思えなかった。

「待て、何でお前がわざわざベッドに座る」
「あら、悪い? ここが一番座り心地よさそうなんだけれど」
「いや、常識的に考えろよ」
「知らないわ。それに、私は他ならぬ楓に関しては上から見下ろすのが好きなのよ」
「……やっぱりお前、相変わらずだわ」

 先ほど感じた感情を撤回し、いつも通りの氷室へのやりきれなさを取り戻す。ずっと幼いころ、中学校に入るまではこれほど問題のある性格をしていなかったはずの氷室なのにどうしてこうなってしまったのか、楓は頭を抱えた。

「それじゃ……話を始めようかしら」

 その声に、それまで緩んでいた楓の緊張がまたピンと張り詰められる。

「昨日の私の体……妙に冷たかったでしょ?」
「……うん」
「まるで、本物の氷みたいだった」
「……うん」
「お察しの通り、私はミアトよ」
「……やっぱり」

 それはもうとっくに分かっていた。そうでなければあんなに冷たい体の人間は死人以外にあり得ない。

「どうせだから、あんたには私のこと、全部教えてあげるわ」

 そうして語りだした氷室の話は、楓が想像していたものよりもずっと悲しくて、寂しい……氷の女の話であった。