複雑・ファジー小説

Re: 十年後の大晦日 ( No.2 )
日時: 2016/12/31 15:34
名前: 星川 (ID: btNSvKir)


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「昔か。小学生くらいの頃か?」
「うん。丁度それぐらいかな。ぼくって凄いいじめられっ子だったでしょ? 勉強大好きでまじめだったから、先生にすごい贔屓されててさ。それはもう悪がきの格好の標的で、よくぼこぼこにされて家に帰って来てたりしたよね。叔父さん、覚えてる?」
「ああ。あの時は沙貴子が随分悩んで、俺のところによくお前をよこしてたな」

 ちなみに沙貴子とはぼくの母のことである。

「そう。ぼく、やり返すこともできないくらいひ弱だったくせに、本当はもの凄い負けず嫌いだったじゃん?」
「俺の目の前ではよく相手を罵倒してたな。悪口の語彙が豊富だと思ったもんだ」

 叔父はそう言って少し微笑んでから、白ワインを口に含んだ。これが四年前のぼくだったら、そういうぼくのことがいやで、もうとにかく恥ずかしくて土に埋めたくなっていただろう。今ではもう、懐かしいなあとか微笑ましいなあとかそういう気持ちしか湧かないのに。

「で、ぼく何でそれを思い出したのかって言うと、その家族が皆元ヤンみたいな感じだったからなんだよね。多分雰囲気が昔のいじめっ子の誰かに似てたんだと思う」
「そうか」

「ぼくはその時、ぼくは自分がが凄く変わったんだって気付いたんだ」

 その時、メインディッシュの仔羊のグリルが運ばれてきた。芳ばしい香りがした。丁度良い具合に肉汁が垂れていて、今まさに食べ頃という感じだ。ぼくは話を小休止して、運ばれたばかりのメインディッシュを豪快に齧った。店の中には外からの木漏れ日が差していて、来ている人も皆、和やかに談笑していた。適度に人の声がして賑やかで、楽しそうで、でも決して騒がしくない。

 良いなあ、こういうの。ぼくはしみじみとそう思った。

 ぼくの友達や後輩は、ぼくがそういう類のことを言う度に風流気取りやがって、とか女ウケするやつは言うこと違うよな、とか言って茶化したりおどけたりする。

 ぼくだって全くそうじゃないとは言わないが、ぼくぐらいの年の人は鮮やかで強烈なものが好きだ。それは場所でも、考え方でも何でも。原色みたいに、濃くてハッキリしたものでないと物足りないのだ。いや、原色ですら物足りないのかもしれない。そう、白と黒ぐらいの極端なコントラストでないと満足いかないのだ。

 どんなものが素敵で、どんなものが醜悪で、何が正しいのか、何が悪いのかというように。