複雑・ファジー小説

Re: テ・ツ・ガ・ク・ゾンビ ( No.3 )
日時: 2017/01/07 21:06
名前: 電柱 ◆mkc9J3u9MM (ID: jV4BqHMK)
参照: http:/https://kakuyomu.jp/works/1177354054882254138

「ばっか、テメー揺らすんじゃねーよっっ」
「しょーがないでしょー、パブロフこいつさっきからずっとスカート覗いてくんだからよー」
「??」
「こンのスケベ犬!!!! くたばれ!!!」
「……大人げな」

 ……結局。中途半端が一番だめだと、哲も巻き込んで歓迎パーティーの準備を進めることになった第1ラボメンバーたち。
 1人黙々と折り紙飾りをつくり直し続けるアキレス。ぼたぼたと落ちる血が紙を赤く汚していって、なかなかスプラッタでダークな仕上がりだが。
「さっき所長から連絡があった。もうこちらに向かっている、すぐ来るそうだ……どうすんだ、こんな散らかってて」
「なんとかするしかないでしょー」
「パブロフ、確かに少し便利だが自分の腕を画鋲刺しにするな。見てるこっちが痛ぇ」
「おーよしよし、パブロフは痛覚お釈迦だもんなー、しょうがないよなー」

 終わりが見えない作業と、そして、久しい戦友に何て言葉をかけていいのか……哲は深くため息をついた。



                  *



「このラボは外から遮断されている……理由はあちらで話そう。ともかく、研究所というよりは、基地という方が良いような気もする。大きな窓があるのは一部屋だけだ。もちろんどんな手段でも傷ひとつつけられん……であろう強化ガラスのな」
「……であろう、ですか?」
「ああ、私たちのようなサイキックなら壊せるかもしれん」
 所長室を出た2人は、せっかくだから、ある程度の地理は頭にいれてくれ、と、研究所内を巡っていた。無機質なリノリウムの床に足音がひびく。
「あまり広くても困る……部屋は最小限にとどめたつもりだ。食堂、娯楽室、資料室に資材、食料庫……屋上は海外からの物質調達のため一応ある。出口はそこと地下道、あとは非常口のみ」
「……海外から、ですか?」
「ああ、1つだけ定期的に援助をくれる団体がある。他の国はもう、日本になんて関わりたくないだろうな。政府が機能停止した今、表向きの友好関係も意味がない」
「そんなことが……」
 栄瞬はうつむいた。事態は思ったより深刻なようだったからだ。
 しかし所長は、真っ直ぐ前を見据えた強気な瞳で語る。
「大丈夫、私たちがいる限り、復興の希望はある。元の豊かな国に戻るのには相当な時間がかかるだろうがな。その上で、君たち第1ラボメンバーは非常に重要なのだよ」
「何かと戦っていた記憶はあるのですが……不甲斐ない……自分の仕事も思い出せません」
「まあそう気を落とすな。そう、だな、まあ言ってしまえばそれなのだ、第1ラボの仕事は。元哲学的ゾンビ、現本モノのゾンビどもを殺すことだ」
「……意味が、わかりません」
 突然現れたファンタジーな単語に、栄瞬の脳は追いつかなかった。
 思考するほどにわかには信じられない。ゾンビ、リビングデッド、歩く死体、蘇る死体……映画にでてくるアレだろうか? 弱点は脳のみ、噛まれると感染するという、アレか?
 それに、哲学的ゾンビとは、目覚めたときそばにあった手紙にかかれていたーー
「……日本はゾンビに侵されたのだ。原因はハッキリとしていない。ほぼ不明だ。発生源は東北のようだが、今は本州、四国、九州全部ダメだ。青函トンネルが封鎖された北海道、遠い沖縄はまだ大丈夫だが……。ゾンビだと分かって、各国は逃げ惑う日本人の受け入れを打ち切った。自国が感染しては大変だからな、打倒だろう。何カ国かにほんの一部の富裕層や運のいい人は逃げられた。海外に逃げた政治家を批判する間もなく、日本は終わった」
「そんな、ことが……」
 栄瞬は強いショックを受けた。まだ全ては受け入れられないが、パズルのピースが1つはまった。思い出せなかった記憶の一部、突如起こったなにかは、ゾンビパニックだったのだ。
「君たち軍人はよく戦ったよ。しかし、人には限界があるものだ。君の隊も全滅してしまった……残っている大きな対ゾンビ組織はここだけとなってしまった」
「しかし、俺は!……私たち、は、生きています」
「……」
 所長は考えこんだように黙りこくった。
 そして、うーんと唸り言った。
「いや、正確には……? 生きている……というのもまちがいではない。しかし、ううん……とだな……ああ、ダメだな、私では。これは君の仲間たちから聞きなさい。そっちの方がわかりやすいだろう」
「……わかりました」
 まだモヤモヤとしたものが残ったが、ここは所長に従うことにした。
「……話をこの研究所に戻そう。まず、ラボは4つある。簡単に言うと……第1ラボは戦闘、探索。第2ラボは研究、分析。第3ラボは救護、保護、管理。第4ラボは実験、というところだ。それぞれ小さいが棟が分かれているから、あとで挨拶にでもいっておいで」
「はい、そうします……」

「よし!」

 所長はとある扉の前で足をとめた。
 他と同じ、白い扉。中からは話し声……というか、叫び声が聞こえる。
「相変わらずここは賑やかだな」
「だ、大丈夫なんですか」
「はは、いつものことだ。よし……んんっ、おい! 私だ!」
 所長はノックをして、よく通る声を張った。一瞬、中の喧騒がやむ。トトトト……と足音が聞こえ、がちゃ、とノブが回る。
「……所長、すみません、騒がしくて」
 でてきたのは哲だった。かがむことによって、2つボタンが外されたシャツの胸元から、下品なピンク色の、ハートを模したようなタトューが覗いた。

「えい……しゅん」
 哲は、信じられないというような、嬉しいような……肩の荷が下りたような、それでいて申し訳ないような。そんな複雑な表情を浮かべていた。
「……」
 栄瞬はなにも言えなかった。この彼が、所長のいう戦友で、あの手紙の主なのだろうかと思うが、何1つ思い出せない。
「あ、あの……私、は……」

 次の瞬間、

「おかぁーーりーー!!!」 
「な……っっ!!!」
「ぅお……っっ!!?」

 どたーん!! と派手な音をたてて、栄瞬は後ろに尻餅をついた。所長は危機を察知していたのか、いつのまにやら少し後ろに退いていた。
 哲を押しのけ栄瞬を押し倒したのは、興奮覚めやらぬ様子のパブロフだ。
「ええしゅん!! えーーーしゅん!! おれのえさ!!!」
「っ、な、なんだ貴様……っっの、け!!」
「くわせろ!!!」
 今にも喉元噛みつかん勢いのパブロフを、栄瞬は必死に押し返す。その押し返した手にガブガブと噛みつかれ、獰猛な犬歯が肉を割いた。
「だ、だめですよパブロフくんっっ! 師匠はエサじゃありませんっ」
「あーあ、完全にスイッチはいっちゃってんね、こりゃあ」
 慌ててかけつけたアキレスが、なんとかパブロフを引き剥がそうとするも、パブロフのリミッターの外れた怪力にはかなわない。道明は遠目からみて笑っている。
「は、なしてっ、くれ…………離せ!!!!!」
「がふっっ!!」
 栄瞬の膝が、パブロフの鳩尾に入った。空気とともに赤黒い血が口から吐き出された。そのままゴロゴロと二転三転したパブロフは、そのままうつぶせで倒れ伏した。
「相変わらずの筋力だね〜」
「パブロフくん……師匠相手にむりするから……」
「あー、くそ犬……私と栄瞬の感動の再会を……いてぇ……」
 あきれ顔の4人に対して、栄瞬は目を白黒させている。

「だ、大丈夫なのか、彼は」

 栄瞬のその発言に、哲、アキレス、千種の動きが止まる。表情が凍りついた。ぁあ、まずい……所長は、目元を覆い、天を仰いだ。

 哲が固まった表情のまま、声を絞り出す。

「か、彼って……てか、大丈夫なのかっ、て……、私たちのこと、覚えてねーの……?」