複雑・ファジー小説
- Re: テ・ツ・ガ・ク・ゾンビ ( No.5 )
- 日時: 2017/01/07 21:12
- 名前: 電柱 ◆mkc9J3u9MM (ID: jV4BqHMK)
- 参照: http:/https://kakuyomu.jp/works/1177354054882254138
ショックを乗り越え、自己紹介も終えた哲たち。
ひんやりとした湿った外気の流れる、研究所とは違って原始的なトンネル……所長からの説明にもあった、地下道を進んでいた。先頭をいくのは哲、哲に並んで千種。その後ろに栄瞬。そのまた後ろには、口枷をはめられ、その上手錠と足枷で動きを封じられたパブロフ。アキレス以外の人間には見境なしに噛みついて補食しやうとするので、必要時以外は拘束しているのだ。そして、そんな彼の首輪についた鎖を握り、台車のようなもので運搬するアキレス。
外へ出る目的は、外界に蔓延るゾンビたちの調査、及び生き残った、またはサイキックと化した人間の捜索だ。
研究、分析を担当する第2ラボから要請があったのは、つい先ほどのことだ。
『先日……3日前ほどか、君たちが発見した、不審な行動を繰り返すゾンビなのだが、監視の結果、一様にとある場所に向かっているらしい。新たなサイキック、もしくはゾンビパニックの原因となる何かの発見ができるかもしれない。急行するように。詳しい場所は──』
「石反イシソリ第一保育園……」
「保育園に群がるゾンビ……想像するだけでアホな光景だな……」
石反第一保育園、そこは、ここ一帯では一番おおきく、新しい保育園だ。意識せずとも目に付く、クリームイエローの外壁に赤い屋根、様々なファンシーキャラクターが装飾された数々の遊具、以前別の調査で付近を通過した哲たちの記憶にも残っていた。
「あー……やっぱりさ、ゾンビといえど、できれば子供は相手したくないなぁ、私……」
武器である剣道の竹刀片手に、強い光を放ち、行く先を照らしている懐中電灯を揺らしながら、千種は気が進まなさそうに、暗い表情を覗かせていた。
「どうしてだ?」
栄瞬は不思議そうに、自分より30cmほど背の低い千種を見下ろした。
「だってさ……」
「あー、子供は案外機動力あるし、狭いとこからでてくるから気がぬけねぇしな」
「そーいうことじゃないっての! かわいそうだって話だよ!」
千種の叫びが、地下道内に反響して余韻を残す。冗談だっての……と、哲は口を尖らせた。
「でも、そうですね、子供は僕もあまり……」
「かわいそうだよね……」
「あ、いえ……子供は小さいので的にしにくいんです」
「んぐぐぐ」
「パブロフくんも、食べ応えがないって……」
「……ここは地獄か」
血も涙もない鬼め……と、千種はうなだれた。
栄瞬は、日本を救おうとする果敢な戦士だとしても、やはり根本は普通の女子高生なのだな……と、世界からいまだ無くならない悲惨な戦場を見てきた自分には、もうない純粋な感情を、少し羨ましくも思った。片手に持ったアサルトライフルは、長い眠りから覚めた今でも、しっくりと掌に馴染んでいて、戦場という自分の居場所を、いやでも自覚させられる。
「……その、保育園まではどうやっていくんだ」
今は一刻もはやく役立てるようになるのだ、と、栄瞬は邪念を振り払った。
「ん? ああ、普通に車だよ、車」
ワープ能力のサイキックでもいたら便利だったんだけどな〜と、哲は半笑いで言った。
「……車」
「問題だらけだ、実際。ガソリンスタンド使うのも命がけだし、強度の優れた軍用車両は持ち出すの大変だったし。そもそもここ付近のガソリンがいつ底をつくかもわからないし」
「だからソーラーの車見つけようよっていってるじゃん?」
「そういってもなぁ……見つけられても破損してたりキーがみつけらんなかったりするし……」
移動手段がなければ、なにもはじまらない。この問題にはそうとう頭を悩ませているようだ。
……そんな話をしていると、前方から光が見えてきた。地下道はここで終点だ。
「……っ、すごいな」
光に目を眩ませながらも、栄瞬が目にしたのは、実に生々しい光景だった。
先ほどまでいた研究所の周りは高く重厚な壁で囲まれていて、中の様子を見ることは出来ない。何カ所か、脳を破壊されて動かなくなったゾンビが無造作に詰まれていて、悪臭を放っている。何台かある車などを守っているのは、壁より半径が30mほど広い有刺鉄線と柵のみで、少々頼りない。
その外側では、おぞましいゾンビたちが、うめき声をあげながら歩き回ったり、ガシャガシャと鉄線を揺らしたりしていた。
「入ってこないのか、奴らは」
「ゾンビは、基本的にはおとなしい。よたよた歩き回って腐臭を撒き散らすだけだ。ただ、人間の体温や声とか、生体反応を感知すると狂暴化する……目が見えてる奴らはみかけただけでも襲ってくるがね。特に音に敏感だ。だから、動かさない、入ってきても限り車は無事」
哲が、有刺鉄線と柵の門を開ける。確かに、彼にゾンビはよってこない。哲学的ゾンビのこの能力は、なにをするでもなく発動するようだ。
「知能がないのでまれにしかここまでは来ないですし、もし入ってきたら僕が屋上から射殺しています」
「音に、か……本当に映画どおり、典型的なゾンビなんだな」
哲は、スイッチを押して車の鍵を開けた。
「んー、7人乗り大型車両といえど、さすがに5人プラス装備諸々は少々狭いな!」
「師匠は身長大きいしガタイもいいですしね」
哲は羨ましげに栄瞬の逞しい腕を触った。どちらかというと華奢な哲とは比べものにならない。さすがはこの若さで大尉まで昇進した軍人、といったところか。
「お前ほんとに2年寝てたとは思えないな。まあ、私の装置がそれだけ完璧だったということでいいんだが……まあ多少我慢すりゃなんとかなる」
「……すまない」
「いーんだよ、頼りになるから」
そういいながら、哲は運転席に乗り込んだ。哲に誘われて、栄瞬は助手席に座る。二列目のシートに千種は救急セットや予備の武器などと一緒に一人で座り、三列目にはアキレスとパブロフが、銃器とともに乗った。
「……運転できるのか」
「免許はないが、だいぶ所長にしこまれた。まあ、この日本じゃ交通ルールもクソもねぇし、一通りできりゃなんとかなんだよ」
「……そう、か」
栄瞬は、ハンドルを握る哲に一抹の不安を覚えつつ、一般車両も、軍用車両も運転の免許はもっていたが、ゾンビが歩き回る道路での運転は未体験ということもあり、ここは哲に任せることにする。
「じゃ、出発進行!」
どんっ!
「わっ!」
「ぎゃわっ!?」
「このっ、ばか!」
「……っ!」
「わははは、突っ立っているから悪いのだ!」
「……慎重に、いってくれ……」
ぶおん、と発車して数秒もたたずにゾンビを轢殺し、ワイパーとウィンドウォッシャーで血や飛び散った肉、臓物を払いとり、なおも笑顔の哲に、やはり運転を代わった方がいいかもしれない、と、栄瞬は冷や汗を拭った。
血と硝煙とゾンビと……地獄のドライブ、スタート。