複雑・ファジー小説
- Re: テ・ツ・ガ・ク・ゾンビ ( No.6 )
- 日時: 2017/01/07 21:14
- 名前: 電柱 ◆mkc9J3u9MM (ID: jV4BqHMK)
- 参照: http:/https://kakuyomu.jp/works/1177354054882254138
「アキレース、あの内臓だかなんだかボトボトしながらこっちくる気持ち悪ぃやつやっちゃってくれー」
「りょ、了解です……っ」
千種はぎゅっと目をつぶり、耳を塞いだ。バン! という銃声のあと、出勤途中に噛まれたのか、血肉で汚れたスーツを着込んだ中年の男性のゾンビの顎が吹っ飛び、頭とさようならした体は、力なく地面にゴトリと倒れた。
「どーしてこうもゾンビってグロい奴ばっかりなんだよ……」
「まぁ、発症しつくさないかぎり、ヒトガタはエサの認識だからなー、周囲のゾンビも群がって補食するし……どうしても、な」
うんざりとして、顔色の悪い表情に、哲は右にハンドルをきりながら答えた。ゾンビは車に積極的に寄ってくる。音に反応するのだから、当たり前といえば当たり前なのだが、邪魔なことこの上ない。射撃できるゾンビはアキレスと栄瞬で撃ち殺し、避けられず、撃てず、どうしても無理なゾンビは轢殺していた。というより、動けなくした、というほうが正しい。さすがにピンポイントで頭を轢くのは厳しい。
「栄瞬、大丈夫か? ひさびさの狙撃は」
栄瞬は手を握ったり開いたりして、感覚を確かめた。
「さすがに、だいぶ鈍っている。ただ、2年も眠っていたのだ。歩けるだけで驚きだ……お前の技術に感謝しなくては」
「あー、はは……改めて言われると照れるな……」
「自分じゃ私は天才だって言いまくるくせによくいうよ」
照れ笑いする哲のシートを、千種はぶしつけに蹴った。
「おい、バカ蹴るなっ、運転に支障が出るっ」
「師匠に言われたから照れてるんですよね、リーダー」
「ばっ、違うっっ!!!」
うふふ、と微笑ましげに言うアキレスを、哲は叱責した。勢いでアクセルを踏み込んだせいで車の速度が一気に上がり、続けざまに二匹のゾンビを轢いた。哲は住宅に突っ込まないよう、慌てて急ブレーキを踏み、後ろから追いかけてきていたゾンビは、止まりきれずバックガラスにごつん、とぶつかり倒れる。
「くそ……てめぇらのせいだからな……っ」
哲は苦々しげに舌打ちをひとつ。そして車のドアを開け、後ろにまわった。
「あー、めんどくせぇ……」
ばさり、と白衣を脱ぎ捨てた哲は、その白衣で、バックガラスに飛び散った赤黒い血を拭き取った。倒れたゾンビは、損傷を更に激しく身体と飛び出た腸を引きずって、再び道路を彷徨い歩く。
「いいのか? あの白衣は……」
きたねぇ、と道路に白衣を捨てた哲を見て、栄瞬が言う。外見にも性格にも似合わず着ているのだ、てっきり、何か思い入れがあるのだろうと思っていたからだ。
「あれ着てないとただのヤンキーにしか見えないから着てるだけだよ、あれ。まあどうがんばったってただのヤンキーが頭おかしいヤンキーになるだけだけど」
そのとき、がちゃ、とドアを開けて哲が帰ってくる。
「おい、全部聞こえているんですが?」
「傷ついちゃった? ごめーん」
栄瞬は不思議に思う。決定的な事実も、もちろん記憶もない。しかし、漠然とした違和感が残るのだ。だって、彼にとってあの白衣は……
「リーダー、あんまり怒ると血管切れますよ」
「うっせぇ、全部てめーらのせいだっっ! 次変なことぬかしたら車から降ろしてその場に置いていく。本気だからな」
哲は眉間にシワをよせてイライラしながら言った。感情が前へ前へでるようなタイプなのだろう。はいはーいと適当に返事をした千種に、更に頭に血が上ったようだが、怒鳴ろうとした直前で、言っても無駄か、と、大きくため息をついた。
「……至急、ということだし、とっとといくか」
すっかり意気消沈した哲がハンドルを握る。
「ああ……そうしよう」
「ですね、パブロフくんがもう待ちきれなくて、お腹空かしてそろそろ涎がふききれませんし」
パブロフはぐるる、と唸った。目が血走っている。
「……ゾンビ、食べるのか……」
この世界の現実に、新たに得た真理に、驚きながら、葛藤しながら。栄瞬はこの腐った日本に身を馴染ませていく。時には、受け入れられない事実も、嘆くしかない真実もある。しかし、そんなふうに生きているのは栄瞬だけではない。この世界では、誰もが皆、新たな事象を受け入れながら生きていくのだ。
そして、適応していく──
*
「さーて……ここか、保育園は」
「保育園なんてひっさびさだなー……わー……すごいね」
なにがすごいかというと。
「そ、そーぜつ……」
保育園といえば、先生といっしょに子供が遊んでいて、笑い声が絶えず、キラキラしたファンシーな場所であるはず。
間違っても、遊具の鉄棒に内臓がひっかかっていて、滑り台は血のウォータースライダーで、ガラスはビキビキに割れていて……などという地獄絵図にはならないはずだ。
たしかに、ゾンビたちはわらわらと集まっているようで、他の場所より格段に量は多い。それがまたこの場所との不釣り合いさを演出していた。
まだ車の中にいる一行は、身支度を整えながら、その様子を見守っていた。
「……多いな。臭いがすごい」
鼻がひん曲がってしまいそうな血と腐肉の悪臭に、慣れていない栄瞬は思わず吐き気をもよおした。
「うーん、でも、案外子どものゾンビは少ないね?」
「いるっちゃあいるけどな……それより、窓が割れてんのが気になるぜ」
「どうしてです?」
がちゃがちゃ、と、パブロフの手錠と足枷を緩めながらアキレスが返す。哲はそんなこともわからないのか? とでもいいたげに、足を組んで答えた。
「だって、ゾンビは自分から窓を割ったりしねぇだろ。ゾンビは道具が使えねぇから、素手でそんなパワーがあるやつがいたらイレギュラーすぎる」
「あー、確かにそもそも玄関開いてるからそこから入ればいいしね」
「そこもだ……わざわざ玄関を開ける意味がわからない。ゾンビがでたってきいたら、危険はえらばねぇ。まず籠城だろ。人の子を預かっているのならなおさらだ……警察に通報、救助を待つ。それがセオリーってもんだろ? 全滅だとしても、ゾンビどもがご丁寧に玄関から入るわけがない」
スラスラと見解を述べる哲に、うんうん、とアキレスも頷いた。
「です、ね……僕ならそうします。食料が底をつかない限り、武器もないのにわざわざ危険な外にはでません……」
「……つまり、だ。この中には、ゾンビパニックが起こってから、何者が侵入、窓ガラスが割れるほどの乱戦をした可能性もある……ってことだな」
「確定じゃないんだ?」
「あほな保育園が避難しようと外にでた可能性もありきだし……窓ガラスだって、玄関にゾンビどもがいたからそこを割って脱出した可能性もあるし……な」
哲はこの惨状を目にしても、いたって冷静だった。慣れというものは恐ろしい。
「ともかく、中に入ってみねぇことにはなんとも言えん」
「ですね。いきましょう……」
「そんじゃ、ともかく頭だけには気をつけろ。二度目の死から救うのは、さすがの私にも、まだ不可能だからな」
栄瞬はゴクリと唾をのんだ。脳裏には苦々しい生前の思い出が焼き付いている。また仲間に裏切られたら……そんな思いがないわけではない。そんな恐れと、ゾンビと再び戦うことへの恐怖。それらが入り混じって、栄瞬の、戦場へ赴く足を震わせた。
がちゃ
車のドアを、少しずつ、少しずつ開けて。
ゆっくりと、深呼吸。
ぐわっと手を伸ばして襲いかかってくる、女のゾンビに標準を定める。
引き金に指をかけて──
「お目覚め一発めの獲物、お見事だ」
栄瞬は、キッと黄金の瞳を鋭く光らせた。もう、弱気な感情は捨てねばならない。
決意し、理解した──
「──泥濘 栄瞬。目標、ゾンビ一体……撃破」
ここは、戦場だと。