複雑・ファジー小説

Re: テ・ツ・ガ・ク・ゾンビ ( No.7 )
日時: 2017/01/07 21:17
名前: 電柱 ◆mkc9J3u9MM (ID: jV4BqHMK)
参照: http:/https://kakuyomu.jp/works/1177354054882254138

 保育園の中は、まるで連休中のテーマパークのごとくごった返していた。そこにいるのは微笑ましい家族連れではなく、おぞましいゾンビたちだが。

「……ったく、キリがねぇな!!」

 次から次へと這い出てくるゾンビたちに、哲はその間を駆け抜けながら舌打ちした。
 栄瞬が一掃しようと先頭をいくが、この狭さでこの量ではヘッドショットも難しい。栄瞬は胴体や脚を打ち、すかさずその頭を千種が竹刀で潰した。もしくは口にその先端を突き入れて、内側から脳幹を破壊する。全身腐ったゾンビは案外脆い。逃がしたゾンビはアキレスとパブロフがトドメをさした。
 哲はというと、ゾンビに人間だと認識されないその能力を生かし、一足先にそれぞれの部屋を見てまわっていた。邪魔なゾンビをときどき蹴飛ばしながら、ゾンビが集まるこの事象の原因を探る。玄関や窓など、しっかりとゾンビたちの進入口を防ぐのも忘れない。しかし、どの部屋も残っているのはおもちゃや亡骸の一部のみで、とくに変わったところは見受けられない。いや、これがゾンビパニック以前なら大事件なのだが、ゾンビが蔓延した今となっては、転がる子供の腕も、床に張り付く引きさかれた髪の毛のこびりつく頭皮も、ただの日常だ。たまにそれをパブロフが拾っては食べている。何を食べても微妙な顔だ。彼いわく、「ゾンビはまずいが人間は美味しい」らしい。パブロフにとっての、ゾンビ、または哲学的ゾンビなのか人間なのかの判断材料は、「味」ただ1つだった。
「非常食かなんかあったらもってかえるぞ! 少しも無駄にできねぇからな」
 哲は後方にいる仲間たちに呼びかけた。
「それどころじゃないってーっの!!」
 千種は竹刀でゾンビの喉を突きながら叫ぶ。口から飛び出た黒い血が、千種の制服を汚す。
「あーもうさいっあく!! ゾンビなんて早く死ね!!」
「……落ち着け」
 そういう栄瞬は、上半身はほぼ血まみれだった。顔についた血を拭い、銃をリロードする。
「……なにをどうしたらそんなになるの? ライフルって、遠距離武器じゃないの?」
「……自分でも、よくわからない」
「まずい!!!!」
 外から入ってくる分はおいておいて、とりあえず、今保育園の廊下や部屋にいるゾンビの最後の一体の頭をパブロフが首からかみちぎった。頭だけになったゾンビは、まだ目をぎょろぎょろとうごかし、ぼろぼろの歯を鳴らしてうめいている。
「もう、最後までやらないとダメっていつもいっているでしょうに」
「だってー、まじいもん」
 アキレスは無機物を見るように冷たくその若い男のゾンビを見下ろし、額に一発、拳銃で弾を打ち込んだ。廊下の掲示板にあるかわいらしい張り紙や園児がかいた絵に不似合いな銃声が響く。
 廊下の曲がり角で待っていた哲は呑気に壁に寄っかかって、けだるげに言った。
「さー、次いくぞ。さすが大きさはここら一だけあるな、そっちに中庭が──」
 一段落、と思ったのもつかの間、響いてきたのは、人間の、女性の声だった。


「あらぁ、無慈悲なお客人。ここは子供たちの学びの園……かわいそうに……殺戮は許せませんわ?」


 びりっと、哲たちの間に緊張が走る。敵か、はたまた感染した人間か? 歩いてきたのは──

「……シスター?」

 血で汚れた黒い装束は、ワンピース状のトュニカと呼ばれる、まさしく修道女のそれである。腰からぶらさげたロザリオはなんの汚れもなく金色に光っていて、頭から髪を覆い隠すように被った頭巾の、額にも、金で十字架の刺繍がされてあった。
 その女性はニコリと微笑む。右手には、先端になにか宝石のような装飾のついた立派な杖のようなもの。

「そうねぇ、私は神に身を捧げた修道女……あなた方は? 道を求道する迷える子羊かしら? それとも、ただの愚かなラム肉さん?」

 変わらず笑顔で穏やかに語りかけ続けるシスター。一行は身を強ばらせながら、口を開くタイミングを伺った。
 哲は思考する。間違いない、原因は彼女だ。なぜ彼女がこんなことをしているのかはわからない。しかしこれだけのゾンビをおびきよせていたのだ……彼女は確実に感染している。ならば、なんらかの能力があるということだ。彼女自身気づいていないかもしれないが──
「あらあら、無視はダメ。存在の否定はなによりもいけないことよ──導く声に、耳を傾けなさい」
 スッと真顔になったシスターに、哲はとっさに口を開いた。彼女が空いている左手で、ロザリオを握りしめるのをみたのだ。
「……っ、すまない、シスター。私たちにあなたへの敵意はない。そう……ただ、警戒しただけだ。こんな日本だからな、ああ……。私たちは、とある研究所から来た。ここにゾンビが集まる理由の調査のために」
 シスターは、あら、そうなの、と、また笑顔に戻った。まだロザリオから手は離さないが。 
 哲は両手をあげて、なにも武器はないことを示す。
「驚かせてすまない」
「いいのよ、子羊さん。うしろの方たちも、その物騒なモノ、置いてくれないかしら? 私、怯えてしまうわ」
 どうするか迷う栄瞬たちに、哲は目配せをし、おろせ、と呟いた。
 栄瞬はアサルトライフルの引き金から手をはなし、安全装置をつけた。千種も、構えていた竹刀をおろし手の力を抜く。
「……ですがリーダー、もし他にゾンビが中にいたりして……その、なにかあったら……」
 「なにか」というのは、このシスターが敵という場合を含めてあるのだろう。躊躇うアキレスに気づいたシスターが言った。
「心配しなくても、私は慈悲深い神の僕。傷つけるようなことはしないわ」
 それを聞いて、不審感は拭えないものの、アキレスも銃をホルスターにしまった。その代わり、忠犬のようにそばにしゃがみ込んでいた、パブロフの首輪をぐっと引き寄せる。
「うふふ……かわいいわんちゃんね。疲れたでしょう? こちらへいらっしゃい。ラム肉さんたちが集まる理由、教えて差し上げましょう」
 杖を引きずりながら歩きだしたシスターのあとを、数秒迷ったのち、哲はついていくぞ、と合図を出した。敵意と警戒心は見せないように。それでいて、用心深く。


 現れた小さな中庭には、異様な光景が広がっていた。


「さあ、ゆっくりお休みになって。ここにはラム肉さんたちはいないから……安心しなすって?」


「これは……」

 真ん中にあるのは、テーブルクロスのかけられた、組み立て式の簡易テーブル。そして数個の椅子……中庭の芝生の端の方や、辛うじて無事な教室の角では、怯えた数名の子供たちが寄り集まっていた。そんな、いままでの惨劇からしたら平和的な光景をゆがませているのが……

「う■う゛う゛■ウ゛■■ーーーッ!!!!」

「こ……この男は、なんだ」
 栄瞬は、思わず驚きを口に出してしまった。
 テーブルのそばの椅子に座り、その全身を縄で椅子にがっちりと固定され、身動きがとれなくなっている男がいた。右足の膝から下がなく、その口は身体と同じように縄とタオルのようなものでふうじられ、くぐもった叫び声をあげてはガタガタと椅子を揺らしている。

 その服装はシスターと同じような、全身を覆う黒のカソック。首にかけられた金色のロザリオ。おそらく、変わり果てた姿の司祭だろう。
「こいつ……ゾンビになっているのか?」
 哲は男をまじまじとみながら問う。シスターは男の肩に手をおいて、悲しげに微笑んだ。
「ええ、私と子供たちを庇って……いくらゾンビでも殺しはしないと言っていたのに、この杖で2人も撲殺し、瀕死の状態で言ったのです……僕の頭を打ち抜けば、僕はもう起き上がることはないのだろう、だが、君まで地獄へ堕ちてはならない、そして僕もこれ以上殺したくはない。僕がゾンビになるまえに、動けないようにこの身体を縛っておけ……そういって冷たくなってしまった」
「……でも、今はあなたもゾンビに噛まれたのでは?」
 哲は言ってしまってからハッとした。今のはデリカシーに欠けたかもしれない、と。しかし、シスターはロザリオを固くにぎりしめただけだった。
「……取り残された、無事な子供たちもいるのというのに、本当に馬鹿げたことを考えてしまって……神父さまに、自分の手を噛ませたのです。情けない……神の与えた試練に、私は耐えられなかった……神父さまの待つ地獄のほうが、ここよりもましだと……」

 それでも、彼女はゾンビになることは……悪魔に甘んじて楽になることは許されなかったのだ。

「……これはきっと、神が私に与えた罰なのです」

 哲たちは、彼女にかける言葉が見つけられなかった。
 彼女は、敵でもなんでもない、独りきりのか弱い女性だった。
 では、なぜゾンビが集まってきてきていたのか……哲が思考を巡らせたとき、彼女は再び口を開いた。

「──もしくは、神が私の懺悔を聞いて、もう一度チャンスを下さった、か……」

「それは、どういう──」
「神は、私に力を与えてくださった。ラム肉さんたちを、わざと声や食べ物を焼く匂いや煙なんかでおびきよせていたのは、彼らを殺し、救済するためですわ」
 哲は疑問を呈した。彼女が敵だという認識は消えたものの、言っていることの意味が理解できなかった。彼女はゾンビといえど、ヒトを殺すことなどできないはずだ。なのに、どうして?

「悲しいかな地獄に堕ちてしまった、神父さま彼の身体という器を借りて……お見せ致しましょう、私の力を。粛正の方法を」

 シスターは、司祭の口の戒めをするりと解いた。手慣れているかのように。いつもやっていることのように。

「What is it like to be bat……いえ、What is it like to be him」

 哲が彼女の力を理解するには、その言葉だけで十分だった。