複雑・ファジー小説

〜Prologue〜 ( No.1 )
日時: 2017/08/26 09:15
名前: 雪姫 (ID: HSAwT2Pg)




あれはまだ肌寒い春のことでした——

お父さんの会社が倒産してしまい、あんなに継ぐのを嫌がっていたお婆ちゃんが昔やっていた喫茶店を継ぐことになったのです。

私とお母さんは今引っ越しの準備をしています。



「千鶴〜、準備できた〜?」

「…うん」

「そう。じゃあ、早く車に乗って」

「分かった……」



ガチャと車のドアを開けて乗り込むと車はブゥゥゥゥと走り出しました。
乗りなれた何の変哲もないいつもの車に乗って私とお母さんはは懐かしの街へと向かう…。
どうしてだろう…全然悲しくない…涙も出ない…。
この街に私は全然未練がないという事か……。

「千鶴。クラスのみんなから貰った花束や寄せ書き、大切にするのよ」

「うん……」

私の腕の中にはほとんど話したことのないクラスメイトからの贈り物、花束と寄せ書きが書かれたノートが握りしめています。
顔も名前も知らないクラスメイトのみんなが書いた寄せ書きだからみんな同じようなことを書いてる。
まぁ、当たり前だよね…。

「あっ、千鶴。窓の外を見てごらん、海だよ!」

「えっ?」

お母さんの言った通りに窓の外見てみると…

「わぁ〜!」

そこには、凄く大きくて凄く綺麗なエメラルドグリーン色の海と白くて太陽の光が反射してきれいな砂浜があった。

「綺麗…」

思わず心の声が出てしまった…。お母さんは優しい声で笑いながら、

「そうでしょ〜。竹原の海は綺麗って有名なんだから♪」

「うん! そうだね!!」

自然と私も笑顔で答えてしまう。お母さんには敵わないな…。

「新しい学校は海の近くだってお父さんが言ってたから、良かったね。千鶴」

「えっ? あっ、うん…そうだね…」

新しい学校…。
今までお父さんの転勤とかで何度も転校を経験してるから、全然ドキドキもワクワクもしない。
…新しい出会いなんて無いのを私は知ってるから。

「あっ、そろそろ喫茶珊瑚礁が見えてきたよ!」

気を使ってかお母さんが話を変えた。
喫茶珊瑚礁…お婆ちゃんが昔やっていた喫茶店…。今となっては会社が倒産したお父さんが跡を継いだ喫茶店……。
それでも私にとってとても大切な場所、思い出の場所。

「よ〜し、着いたぁ〜。千鶴〜、もう降りてもいいわよぉ〜」

「わかった」

お母さんにそういわれ、車を降りた。

「ようこそっ、喫茶珊瑚礁へ!!」

「あははは、お父さんなにやってるの♪」

「…………」

ふざけた感じのお父さんが店の中から出てきました、笑っているのはお母さんだけ。
全く笑っていない私を見てお父さんは

「あっ、えっえっと……ほっほら! 早く入りなさい、千鶴」

「言われ無くても入るよ。今日からここが私の家なんだから」

「あっ、ああそうだったね」

「おっ、お父さん…」

自分で言ってあれだけど……そうか、今日からここが私の家なんだ…。
この思い出の喫茶店が、今日から私の家になったんだ……。
そう、心に言い聞かせながら私は“始まりと終わりの家”の中に入って行きました。

キ〜ガッチャン







----------------------------------------------千鶴の日記-------------------------------------


4月2日(晴れ)

今日やっと、お婆ちゃんの喫茶店に着いた。
移動距離が思ったより長くて、お尻が痛い…。
あと、お父さんが変な格好で出迎えてきた。あれは絶対にないと思う…。
今日はほとんど車に乗って居たから何も書くことが無い。


☆今日の気づき☆

あの学校にはなんの未練も無かった。
涙一つ流れなかった。