複雑・ファジー小説

case:0 死にたがりの家出少女 ( No.3 )
日時: 2017/05/06 13:18
名前: 水海月 (ID: sWaVmrWQ)

「なーるほどねぇ。なんとなく壮絶な事があったんだろうねぇ」

 茶髪の男が頷く。そしてモップを片付け、綺麗になった床を眺めて、満足そうにもう一度頷いた。

「で……どうするんだ、ゆずりは?」
「うーん、どうしようかねぇ? タダで殺すのは嫌だし。でも、拾っちゃったしなあ……」

 杠、と呼ばれた男は、じとっとした目で金髪の青年を睨む。視線を受けた青年は、舌打ちはしたが椅子から動かなかった。杠はカウンターの向こう側に移動する。カウンターの向こうには、高級感こそ無いが品のいい食器が棚に納めてあったり、何故かマトリョシカが置いてあったり、いかにも年代物なアイテムが多数あった。そして、それが小綺麗な感じで配置されている。杠は、棚の紙袋の中を開ける。そして、うわぁ、とため息をついた。いかにも残念そうに、紙袋を逆さにして青年に見せる。微かな香りが、ふわっと広がった。

「豆切らしちゃった。また倉庫まで行かないと」
「……どうでもいい」

 いきなり青年は立ち上がり、すたすたと歩き出した。奥の扉に向かって一直線に進む。その足跡に、小さな水溜まりが出来ていく。どこいくの、と杠の間延びした声が届いた。青年は振り返らずに言う。

「シャワー浴びてくる」

 そのまま乱暴に扉を開け、また乱暴に扉を閉めた。辺りに静寂が訪れる。それを破るかのように一拍置いて、杠はくすっと笑った。心の中で、相変わらず反抗期だな、と思いながら。
 杠はカウンターにもたれて、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出した。慣れた手つきでそれを操作し、ある相手の電話番号を呼び出す。スマートフォンを耳に当て、ぼんやりと杠は色々な事を考えた。ずぶ濡れの少女の事、今日の夜食の事、そして、今電話を掛けている相手がちゃんと電話を取ってくれるか、とか。三番目の考え事は案外あっさり解決した。ブツッ、という音がして、相手方に回線が繋がる。

「……あぁ、千月ちづき。今帰るとこ? ……うん。あのさ、帰りに女の子の服とバスタオル買ってきて欲しいんだけど___」















 香ばしい、どこかで嗅いだことのある匂いで少女の目は覚めた。

「…………」

 一体、ここは何処なんだろうか。
 特に体に異常が無いことを確かめ、起き上がって辺りを見回す。

「……!」

 そこは、少女が見たことの無いような綺麗な部屋だった。
 真っ白い壁に、顔が映りそうなくらいにつるつるの床。光が真っ直ぐに差し込む窓には、緑色のカーテンが下がっていた。本棚、机、椅子、調度品全てから品が感じられる。しかし、少女は物の良し悪しがよくわからなかったため、ただ綺麗、としか思えなかった。
 更に少女は視線を下に移す。

「!」

 真っ白な布団とシーツと対照的な黒い布。どうやらそれはパーカーらしかった。少女が今まで着ていたものと、どことなく似ているが、少し違う。
 少女は首をかしげ、しばらくして何かに気付いた。目を丸くして「それ」をまじまじと見る。
 自分の、伸び放題で荒れていた髪の毛が、つやつやと、黒々と輝いているのだ。指を通しても引っ掛からない。少女は、生まれてこのかた、こんな髪になったことが無かった。
 少女は目を丸くしたまま、自分の髪を眺めていた。

「おはよう」

 少女は視線をばっと上げる。
 開いた扉の側には、茶髪で、神秘的な瑠璃色の瞳をした男が微笑んでいた。