複雑・ファジー小説
- Re: シークレットガーデン-椿の牢獄- ( No.10 )
- 日時: 2017/09/30 18:48
- 名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: 7ZQQ1CTj)
我らの敵であるメシアの生き残り、ルシアに固く手を握りしめられあちらこちらへと椿のろうごくないを引っ張りまわされること数刻。
「この造り…まるで迷路だよ」
ぼそりとルシアが独り言をつぶやいた。壁に片手をついて大きく溜息をつく。その寂しげな背中を見ていると何故か胸の奥がきゅうぅと締め付けられるように痛くなる。
我はいったい何をしているのだろう_。
何が悲しくて敵に片手を掴まれ通路を走り回らなければいけないのだ。
こんな間抜けな姿、他の者に見られでもしたら……口封じしなければいけないではないか。
ただでさえ王が手駒が日に日に少なくなってきていると嘆いていらっしゃるというのに……。
だがこのまま奴の物憂げな背を見つめているだけでは駄目か_。
「そ、そうですね。敵からの侵入も脱出も困難な構造になっていますから……」
「そうなんですかっ!? このまま…進んでいたらいつか見張りの人に見つかっちゃいそうだな…」
「……」
あぁそうだな。このまま闇雲に走り続けるだけでは確実に誰かに見られるだろう。
そして我は貴様と見た者を口封じに殺さなければならないだろう。
殺るか。殺らないか。考えていた悶々と考えていたところ
「ッチ」
こやつはある意味勘が鋭いとでも言うのか、ただ闇雲に我を連れまわしているだけだと思っていたのに、椿の牢獄に勤める監守共が寝起きする部屋へとたどり着いたのだ。
「………」
「………」
部屋の中からは音が二人。話し声が聞こえてくる。
今は全員勤務時間のはず。そうかさぼり組と言うわけか。我を目の前にし、堂々とさぼるとは良い度胸。
その堕落した精神叩き直してくれよう! と腰に手をかけたところではっと気が付くそうだ、今の我はムタクモ。獲物(武器)を持たない丸腰の状態だった。
そしれ隣にはメシアの生き残りがいる。今は鎮まり耐える時か……後で覚えておれよ。お主ら。
出入り口の隅から隠れて、タバコを吸い楽しそうに雑談するあやつらの話に耳を傾ける。
「はぁー。やになっちゃうなー」
「だよなー。少ない給料しかくれないくせに、仕事は一日二十時間もさせられるんだもんなー」
「寝る事しかできねーよなー」
なんなのだ、こやつらの会話は! 聞いていれば先程から王への不満ばかりっ。休む時間があるだけでもありがたいと思わないか! 我になど気をゆっくり休める時間など早々ない。あればそれは奇跡、王の為になることで浪費するもの。
ドルファに入社したのなら己の持つ全てを王へ捧げるのは当然の事だろう。
「………」
「なぁ逃げ出さないか?」
「ばっ、お前そんなの誰かに聞かれたらどうするっ!? 即刻討ちきりだぞっ!!」
「大丈夫だって、今ここには俺たちしかいねぇーって」
残念だが此処にいるのは貴様らだけではないぞ。と言えるものなら言いたい。言ってしまったら最後、部屋が真っ赤な血で染まってしまうがな。
ほう逃げ出す算段か。我の前で堂々と、な。
ならば聞いてやろう。そしてその逃げ道を封じた上で貴様らの命を狩り取るとしようか。
入社したあの日、王の前で見せた忠義の証、あれは真っ赤の嘘だったその罪の花、我が摘み取ってくれよう。
……ふふふふふふふふふふふふふ。
「おれっあいつらから聞いたんだ。この椿の牢獄の何処かに隠し階段があってその先が外の世界につながってるって…」
「お、お前。あんな奴らの戯言を信じるのかよ!?」
なにっ隠し通路だとっ!? 何故あれの存在を貴様ら下っ端が知っているのだ! あれの存在は我とロックスの奴しか知らぬはずっ。
まさか、ロックスの奴が酒に酔って口を滑らせてたっ!? いや…我の前ではちゃらんぽらんだがやる時はやる男? だ、多分、きっと…な。
だからそれはあり得ない。それに看守長から聞いたというなら「あいつ」とは呼ばないだろう。そして「あいつら」と複数形で呼んでいることから犯人は複数人。
ふふっまさか脱走犯を捕まえるだけではなく裏切り者、密告者の情報を手に入れることができるとはな、めっけもんとはこのことか。
「………」
「っ!?」
驚愕の表情だ。すぐ近く隣にあったメシアの生き残りの瞳がやる気の炎が燃えているのだ。
こやつ隠し階段を見つけ出し、我を連れて此処から逃げ出すつもりだ。奴の瞳がそう語っている。
だがあそこへはそう簡単には辿り着けないだろう、だって隠し階段がある場所は……。
「…行くのですか?」
社交辞令というものだ。一応聞いておいてやろうというせめてもの慈悲というものだ。
だ、そう。ただの慈悲で聞いてやっただけだというのに何故だ。何故、口から出た声は震えか細い声になっている。
どうしてこんなにも胸が締め付けられる、どうしてこんなにも腕が震える。
震えをおさめようとルシアの手を離し腕を掴むが一向に震えはおさまらない。何故だ。何故なんだ。
自分が分からない。
どうして体の震えがおさまさらないのか。
どうしてメシアの生き残りのことを考えると こんなにも胸が苦しくなるのか。
全くわからなった。どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして_どうしてなんだ?
- Re: シークレットガーデン-椿の牢獄- ( No.11 )
- 日時: 2017/10/08 08:33
- 名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: IkQo2inh)
「…うん。みんなを探しに行かないと.
それにムラクモさんをこんな所に置いてなんていけないよ!」
「ッ!?」
真剣な瞳。純粋瞳。穢れを知らない瞳が我を真っ直ぐ見つめる。
やめろ。やめろ。やめてくれ。そんな綺麗な瞳で我を見るな。見ないでくれ。返り血で汚れ穢れてしまった我を見ないで。
身体が震える生まれたての小鹿のように小刻みに震え治まらない。何故だ。何故こんなにもこやつといると狂わされる。
嗚呼。顔が熱い。火照っているのか? それとも怒りで頭に血が上り思考が上手く働かないのか?
我は我が分からない。メシアの生き残りである貴様のことが分からない。
ぼぅと奴の瞳を見つめていると真剣な瞳が少し困惑した表情となる。
困った顔もまた可愛いのだな……っと、和んでいる場合ではなかった。
「ぁ…隠し階段は…あっちです」
なんでもいいとにかく誤魔化さなければと出した言葉がこれだった。捻り出した声も蚊でも飛んでいるのかと思うくらい小さなものだった。
驚愕だった。まさかここまで動揺させられていたとは。
「えぇっ!? ムラクモさん知ってるの!?」
余計な気でも使っているのか、はたまたただの阿呆なのか、メシア生き残りは間抜けな顔をし驚いている。
この状況で気がつかぬのはよほどの阿呆だ。それにこやつはそうとうのお人好し、ならば答えは前者であろうな。
だがしかし、せっかくの気遣い。ならば我も一応社交辞令としてひとつなにか言っておくとするか。
「ですがあそこは魔物の巣窟となっています。それでも…」
「それでもだよっ! 大丈夫、君のことは僕が護るから!!」
「ッ!?」
メシアの生き残りに「君のことは僕が護るから」と言われた瞬間、我の中にある何かが最高潮へ達した。自分では分からないがもしかしたら、頭から湯気が出ているかもしれない。そして顔はきっとゆでだこのように真っ赤なのであろうな。
敵に背を向けるとはなんてことだ、といつもなら言う所だが今回は仕方ない。メシアの生き残りに背を向け大きく深呼吸をし邪心を払い精神を正す。
「わっ、わかりました。……ですが私の仕事は人を守る事。貴方を守る事なんです。
互いを守るって事でいいですか?」
この言葉に嘘偽りなどない。真実。本当の気持ちだ。何故なら今ここでメシアの生き残りに死なれるのは非常によろしくない。王の野望を叶える為にはまだこやつには死なれては困る。だから我は命懸けでこやつを護る、護りたいそれだけだ。
「うんっ! よろしくねムラクモさん」
何も知らぬメシアの生き残りは我に対し眩しく、溢れんばかりの太陽のような笑顔を向ける。
幼子の頃からずっと日の当たらない日陰で生活していた我にとってその笑顔は眩しすぎた。もし我が陽の光に弱い吸血鬼として生を受けていたら、こやつの純真無垢な笑顔で灰となっていただろう。
「は、はいっ」
噛んだ。しかも裏返った。酷い声。返事だ。でもこれが捻り出せた精一杯の返答だった。
もう我の身も心もずたぼろだ。ぼろ雑巾のようだと言っても過言ではないだろう。まさか一度も戦闘せずにここまで我の体力を消耗させるとは可愛い顔をして恐ろしい奴だ。
こちらです。とメシアの生き残りを誘導する。隠し通路ある部屋まで。
椿牢獄最深部に位置する部屋。部屋の中には日本刀や昔の武将が着ていたとされる鎧兜や椿の掛け軸がかけられた特別仕様の部屋。
げすとるーむとも呼ばれ。この部屋は主に我らの王、バーナード様が此処へ視察に来られた時などに寝室として使われている。
バーナード様以外この部屋の立ち入りを禁止されている。王にだってぷらいべーとはある。独りでゆったりしたいときや、隠し事などもあるのだろう。我はまだそこまで王からの信頼を得ているわけではないからな。
「………」
部屋に入り込み書類などを片付ける時に使う机の後ろにかけられている椿の掛け軸をめくりあげる。
「…隠し階段だ」
ふとメシアの生き残りがそうつぶやいた。掛け軸の後ろにあるのは冷たい鉄の壁ではなく、暗闇で先の見えない深淵へと続く階段が隠れているのだ。
普段誰も近寄らない深淵から獣達の雄叫びが聞こえてくる。獣だけで人がいないのだから当然電機なども通っていない。暗闇の世界だ。
懐中電灯を忘れないようしなければな。あと替えの電池も。こんな暗闇我としては日常風景そのものだから別にどうということもない。だが後ろにはメシアの生き残りもいる。もしかすると奴は暗いのが苦手かもしれない。暗いと目が見えず事故死してしまうかもしれない。
…だから仕方なく、仕方なく我は懐中電灯と替えの電池を忘れずに持って行くことにするのだ。決して幽霊がいるかもしれないからなどという間抜けな理由ではないのだからな!
そういえば今日はいつも以上に、化け物達の声が五月蠅い。
どうやら相当腹を空かせているみたいだな。数百年ぶりに飯にありつけるちゃんすに嬉々としているということか、嘆かわしい。
「此処の魔物は今まで貴方が戦ってきた魔物とは比べ物にならないくらいに強いですよ。
気を引き締めて」
「うん。ムラクモさんもね」
「…はい」
やはりメシアの生き残りの意思は相変わらずのようだ。愚かだ。そのように先急いではいつか死ぬぞ。
ろくに戦場に立ったことのない若人。早死にする者が多い。
貴様の事は我が死んでも護る だから安心して後ろをついて来くるのだ ルシア。
深淵へと続く階段を下りてゆく。これは我も知らなかったこと、どうやら我らは何者かに後を付けられていたようだ。
我としたことが何をやっていたのだ。鼠一匹気がつかぬとは……そうだった、メシアの生き残りの言動に一喜一憂していたせいで周りのことなど気に留める余裕がなかったからだ。
「へぇ〜、おもろそうやったから後付けてみたら、なんや楽しそうな事になっとるなないの。くひひひっ」
我らを付けていたという黒い眼帯に出っ歯な男はニタニタと気色の悪い笑みを浮かべすきっぷるんるんと幼児の遠足のように階段を下りて行ったそうだ。
なんとふざけた男だろうか……地下で出くわしたらその身体に我を舐めるとどうなるか思い知らせてやろうではないか。
……ふふふ。そう考えるとある意味の所では楽しみではあるかもしれない。