複雑・ファジー小説
- Re: フライング【短編集】 ( No.1 )
- 日時: 2017/03/05 15:47
- 名前: 表裏 ◆zYKVTEpUmc (ID: T6gVpJcF)
【理髪店】
私は今日、髪を切った。
高校を卒業して時間があったから、伸ばしていた髪を切ろうと思って理髪店に行った。
女性は、恋に破れたら、髪を切るらしい。
私は、ドライヤーで乾かすのに時間がかかるから、髪を切った。
私が、女性が恋に破れたら髪を切る、と言う話を知ったのは、小学生の頃だった。先生からそれを聞いたクラスのA君が髪を切ったBちゃんに、顔を赤らめながら、お前好きな人が居たのかよ。と、大声でからかっていた。
懐かしい。
中学に入って少しバラバラになって、高校になってさらにバラバラになった。大学に入ると、もっとバラバラになる。
うんざりするほど皆といた筈なのに。今は少し、それが憂鬱だった。
三十分程待たされて、二年とちょっと伸ばし続けた髪は、わずか二十分で切られた。
ばさ、ばさ、ばさ。
軽くなった髪が、少し心もとない。床に散らばった私の髪は、黒々と蹲っていた。
理髪店のおじさんが慣れた手つきでそれを箒で集めて捨てていた。
思えば、きっと、A君はBちゃんの事が好きだった。
髪がゴミ箱に微かな音をたてて入っていった。私はハッとして椅子から降りた。
あの二人は確か。確か、高校で二人は違う高校に入ったらしく、高校ではA君に会う事は無かった。
代わりに、Bちゃんと三年の時に一度だけ同じクラスになった。
中学の卒業式のあの日、A君はBちゃんに告白したのだろうか。それを彼女に聞く勇気は私には無かった。お互い未来に忙しかった。
その二人が付き合ったと言う噂は終ぞ聞かなかったけれど。
お金を払って、私は店の外に出た。
春の香りはするけどまだ寒い風が首筋を撫でる。髪を切った事を、私はちょっと後悔した。
はた、はた、はた。
でも、私は髪を切らなければならなかった。
本当は、私にも好きな人が居た。高校で出会った人だ。
高校に入ったばかりで不安だった、そんな教室で目が合うとはにかんだ様に笑ってくれた。廊下ですれ違うと声をかけてくれた。私の事が好きだったらしい。からかう友達に、そうか、と苦笑いした。
最初は、あれはどんな人だろうと思った。
男友達と過ごすあれは、皆を笑わせようとふざけていた。それを見られていたことを気付いた時、あいつは気まずそうな表情をした。
本当は、今日は離別の為に髪を切りに来たのだ。違うのだと、言い訳をしなければ、あいつの為に伸ばした髪が、少し名残惜しい。
やっと、折角、似合ってると、言ってくれたのに。
急いで家に帰る小学生の列にA君とBちゃんを見た気がした。振り返って確かめようと思った。
不意に、強い風が私の髪を揺らした。そうだ。あの中にA君もBちゃんも居ない。
冷たい春先の風が、帰路につく私の頬を撫でている。
帰って、滞っている引っ越しの支度をしよう。不思議と今日は出来そうだ。と、そう思った。